対魔忍RPGショートストーリー『舞とふうまと本屋の町』

 週明けの月曜日。
 午前中の授業が終わると、七瀬舞は鞄から紙袋を二つ取り出して席を立った。
「舞ちゃん、今日は学食?」
 いつも一緒にお昼を食べている篠原まり――同じクラスだが対魔忍としては先輩なので、舞はまりちゃん先輩と呼んでいる――が聞いてくる。
「お弁当。ちょっと用があるから先に食べてて」
「うんわかった」
 廊下には学食に向かう生徒や、外でお弁当を食べる生徒がぞろぞろと出てきている。
 そこにいないのを確かめてから、隣の教室の扉から中を覗き込むと、ふうま小太郎がいた。
 いつもの三人、水城ゆきかぜ、相州蛇子、上原鹿之助と机をくっつけてお弁当を広げている。
 なんだかずいぶん大きなお弁当箱だと思ってよく見たら、なんと二段重ねのお重だ。
 そういえば、少し前に専属メイド(すごい言葉!)になった出雲鶴先輩が毎日のお弁当を作っているそうだ。それであの豪華なお弁当。一人だけ教室でお花見みたいだ。
「ふうまさん、ちょっといいですか?」
 教室の入り口から声をかけると、ふうまが立ち上がってこっちに来た。
「よう、昨日はどうも」
「どうもです。これありがとうございました。とっても良かったです」
 一つ目の紙袋から岩波文庫の『西遊記』を三冊、それと別にもう一冊取り出す」
「汚すといけないのでブックカバーつけてます。いらなかったらとっちゃってください」
「なんか一冊増えてるな」
「それはおまけの西遊記です。面白かったんで貸します。良かったら読んでみてください」
「ありがとう」
「岩波西遊記は久しぶりだったから、勢いで全部読んじゃいました」
「全部? そりゃすごいな」
 岩波文庫西遊記は全十巻、舞にとってはなんてことはないが、普通は一気に読んだりしない。
「買ってきた本も読んだから、さすがにちょっと寝不足です」
「俺も寝不足。午前中は半分寝てた」
「いつもと同じですね」
「ぐわ、キツイな」
 おどけるふうまに舞は笑って、リボンで飾りをつけたもう一つの紙袋を差し出す。
「こっちはお裾分けですが『麻布かりんと』です」
「そりゃわざわざどうも。ありがとう」
「はい、それじゃまた」
 ペコリと頭を下げ、ちょっぴり弾んだ気持ちで教室に戻ろうとすると、
「見たぞ見たぞー」
 後ろで変な声がして振り返ったら、購買パンを持った綴木みことが面白いものを見つけたぞというムフフ顔をしていた。
「なになに? ふうまセンパイにプレゼント? 手作りのクッキーとか? 『ふうまさん、これ私の気持ちです、食べてください』みたいな。舞ちゃんついにふうまセンパイにグイグイいき始めたの?」
 と自分がグイグイ迫ってくる。
 そういう話ほんと好きだなあと思いつつ、
「違うよ。ただのお裾分け。本を貸してくれたお礼」
「またまた。舞ちゃん、ふうまセンパイと本の貸し借りなんでよくしてるじゃん。それが今日はなぜかプレゼント付き。これは特別なことがあった証拠と見た。みことちゃんのラブセンサーがぴきーんと反応した」
「別にそんな特別とかじゃなくて、昨日ふうまさんが買った本を私が先に読ませてもらったから、そのお礼をちょっとしただけ」
「えっ? それって舞ちゃん、昨日ふうまセンパイと一緒だったってこと?」
 みことがグイッと身を乗り出してきた。
 あ、まずいこと言っちゃたかなと思いつつ、舞はこう答えた。
「一緒だったっていうか、古本市で会ったんだけど……あっ、もちろん約束してたとかデートとかじゃ全然なくて、本当にたまたま」
 みことは最後まで聞いていなかった。途中でこうしちゃいられないという顔になって、あっと思ったときには身を翻し、舞の教室に向かっている。
「待って、みことちゃん、違うから!」
 これから何をするつもりかすごく予想できた。慌てて追いかけたが遅かった。
「まりちゃん! 大ニュース大ニュース! 舞ちゃん、昨日ふうまセンパイとデートだったんだって!」
「え……?」
 あちゃー、やっぱりだ。
 みことちゃんの大ニュースに、お昼を食べていたまりが箸を床に落としていた。
「舞ちゃんがふうまさんとデート……」
「それ違うから。デートじゃなくて、ふうまさんとはたまたま会っただけだから!」
 舞はすぐ否定したが、まりは箸を拾って拭きながら、「でもふうまさんと会ったってどういうこと?」という顔をしている。
 まずい、これはちゃんと説明しないとと思っていると、
「まりちゃん、ふうま君とデートだったの? どこいったの? なにしたの?」と望月兎奈までぴょんぴょん近寄ってきた。
「ねー、興味あるよね。舞ちゃんとまりちゃんと兎奈ちゃん、三人でふうまさんにバレンタインのチョコあげたんでしょ? なのに舞ちゃんが抜け駆けだよ、抜け駆け!」
 みことちゃんがそれに油を注ぐ。ああもう。
「だからそうじゃないの。あのね――」


 日曜日。
 舞は早くから、東京の神保町に来ていた。古書市があるからだ。
 神保町では年末に町をあげて大々的に開催される『神田古本まつり』が有名で、時事ネタとしてニュースで紹介されたりもする。
 もちろん、舞は毎年かかさず行っているのだが、それとは別に月に何回かの割合で小規模な古書市が開かれている。
 場所は古本街のメインストリートから少し外れた所にある東京古書会館
 そこの教室一つ分くらいの小さな会場で行われ、本好き以外にはあまり知られてはいないが、ちょっとした掘り出し物が見つかることがあって、舞はできるだけ足を運ぶようにしていた。
 その日は最終日で終わる時間も早い。あんまりいい本は残ってないかもしれない。それほど期待はせずに、ちょっとしたものがあるといいなくらいのつもりで出かけていった。
 地下鉄、神保町駅の階段を登り、そのうち行こうかなと思いつつ、まだ一度も入ったことがない映画館、岩波ホールのどれも全然知らない映画の広告を見ながら地上に出る。
 そこは靖国通りと白山通りの交差点だ。
 すぐ目につく本屋は四隅の一つにある廣文館書店だけだけれど、そこを一歩離れると大小合わせて200近い本屋がずらりと軒を並べている。
 紙気使いの舞ですら、その全てを把握しきれてはいない。それが世界有数の本の町、神保町だ。
 それほど久しぶりでもなかったが、また来たなあと気持ちが盛り上がってくる。
 もう夏の盛りも過ぎて、透き通った空は秋を感じさせるが、寒いというほどでもなく、本屋街を回るにはぴったりの季節だ。
 時刻は十時半、もう古書市は始まっている。
 すぐに古書会館に行ってもよかったのだが、なんとなくいつもの習慣で、交差点のすぐ横にある神田古書センターに足を向けた。
 そこは町のシンボルとも言えるビルで、一階は創業明治八年の老舗、髙山本店
 その上は古書センターの名の通り古本屋ばかり――と思わせておいて、いきなり老舗のカレー屋さんがあったりする愉快な場所だ。
 神保町はカレーの町としても有名で、共栄堂エチオピアガヴィアルなんかが舞の好きな店だ。
 古書センターの二階にあるのはボンディ、いつ行ってもずらりと人が並んでいる。今日も開店前なのにもう人がいた。
 ここのカレーは半年ほど前、眞田焔が神保町に行ったことがないというので案内したときに一緒に食べたっきり。ぷうんと漂ってくる匂いにとても心惹かれたが、
「うん、やめとこう」
 まだお昼には早いし、一人でカレーというのも寂しい。
 それにあそこはカレーの前に美味しいジャガバターが出てくるので、つい食べ過ぎてお腹が重くなってしまう。
 二階の漫画専門店、夢野書店をざっと見て回り、三階にある鳥海書房でハヤカワ文庫の『地上から消えた動物』というのが200円と安かったので買って、それから五階のみわ書房もちょっと覗いてみた。
 ここは児童書専門店で子供向けの絵本や童話、雑誌、児童文学の評論などに詳しい。
 特になにを探すというのでもなく、今日はどんな本があるかなと棚を流し見していたら、見覚えのある人が本をめくっていた。
「ふうまさん」
 思わず声に出すと、こっちを見て目を丸くする。
「舞? うわ、すごい偶然だな。ひょっとして古書市?」
「はい、そうです」
 いきなり会って向こうも驚いていたが、来た理由は同じだった。


「えーー? ほんと? ほんとに偶然そこで会ったの? 実は約束してたとかじゃなく?」
 みことが素っ頓狂な声を出した。すごく疑っている顔だ。
「してないしてない。約束とかじゃ全然なくて、古書市があったから二人ともその日に行ってただけ」
「でもでも、そこで偶然ふうまセンパイと出逢っちゃうとか、やっぱりなにか――」
「ないない。たまたま。ほんとにたまたま」
 舞が重ねて否定すると、まりが偶然は信じるけど、ふうまと一緒だったのはちょっと気になるという顔で聞いてきた。
「それで舞ちゃん、ふうまさんと一緒にその古書市に行ったの?」
「それは、うん、まあ……」
 舞は頷いて、話を続けた。


西遊記ですか?」
 みわ書房でふうまが手にしていた本だ。児童文学全集の一冊という感じで、かなり古そうなものだった。
「ああ、でも探してたのとは違うみたいだ」
 そう言ってあっさり棚に戻す。
「古書会館にはもう行った?」
「まだです。そろそろ行こうかなって」
「俺もまだ。じゃあ一緒に行く?」
「え? ……あ、はい」
 わっ、これって誘われたことになるのかな? でもふうまさんだし、そういうこと考えずに普通に言った感じかな。
 それでもちょっと嬉しくなって、一緒にみわ書房を出て、古書センターの狭い階段を降りて行く。先を歩くふうまが言った。
「本当はすぐ古書会館に行くつもりだったんだけど、なんとなく習慣でここに来てた。神保町の起点だからな」
「私もそうです。もう一冊買っちゃいました」
「早いな。なに?」
「『地上から消えた動物』、ドードーとかリョコウバトとか絶滅した動物の本みたいです」
「面白そうだな。俺も一冊買った」
 ふうまはデイバッグをごそごそやって、その本を見せてくれた。
それがし乞食にあらず
 リアルなタッチで描かれた浪人風の侍が薪を背負っている絵が表紙の漫画だ。
平田弘史ですね」
「知ってるのか」
 ふうまは嬉しそうに言った。普通は知らないというニュアンスだ。
 確かにハードな絵柄といい、情け容赦のない話といい、あまり女の子向けではない。
「『首代引受人』とか好きですよ」
「お、いいねえ」
 ふうまはますます嬉しそうな顔になって、いきなりその表情を歪めたかと思うと、舞に掌を差し出してみせた。
「『ま、待ってくれ。銭で頼む!』」
 首代とは戦場で命を助けてもらう代わりに差し出す手形のことで、この作品は取り立てに行く引受人と、取り立てられる者、その周りの人間たちの壮絶な生き様を圧倒的な画力で描いている。「銭で頼む」というのはそのお決まりのフレーズだ。
 舞は自分も腕組みして重々しい顔をしてみせ、命乞いするふうまに言ってあげた。
「『よかろう。では500貫』」
「『高い! そりゃ高い!』」
「『なにい!?』」
 そこまでやって二人で笑い出す。
「今日はノリがいいな」
「それはもう神保町ですから」
「だよな」
 ふうまは本をデイバッグに戻して、ひょいと肩に掛けた。
 大きくて丈夫そうなデイバッグだ。本がたくさん入る。この町には相応しい。
 服はグレーのポロシャツにネイビーのスラックス、そしてスニーカー。
 清潔感はあるがオシャレ感はあんまりない。男の子が普通に外に行く時の格好という感じだ。
 もっとも、舞も今日は動きやすさを重視して、グリーンのニットにデニムのパンツ、ぺったんこのパンプスというラフな装いだからあんまり人のことは言えない。
 もしもだけど、今日ここで二人で待ち合わせとかだったら、もっとちゃんとした格好にするけど、偶然なのでしょうがない。
 見られて恥ずかしいほどではないし、二人とも地味なスタイルなので、神保町に合っている気がする。
 なんて思っていたら、今日の舞の姿を見てふうまが言った。
「なんかいつもと感じが違うな」
「そうですか? 今日は紙の服じゃないからかな。髪も後ろでまとめてますし」
 舞はふうまにちょっと背中を向けて、お団子ポニーテールを見せてあげた。
「ああ、それでか。邪魔だから?」
「はい、いつものだと周りに当たっちゃって、ここ狭い本屋さん多いですしね」
 納得したように頷くふうまを見ながら、それで「似合ってる」とは続かないんだろうな、注意力はあるけど、そういうことに気の回る人じゃないし、と思っていたら、
「神保町っぽくていいんじゃないか。似合ってるよ」
「あはっ、そうですか? ありがとうございます」
 来ないと思っていた言葉に、ついお礼を言いながら笑い出してしまう。
「え? 笑うとこ?」
「そんなことないです。嬉しいです。ふうまさんも神保町っぽくていいですよ」
 気の回らない人だなんて思ってごめんなさいと心の中で謝りながら、カップルっぽく並んで歩いていく。
 靖国通りを小川町の方に向かう。古書会館までは十分もかからない。その間にひしめく本屋に捕まらなければだが。
 だから大雲堂一誠堂といった、今入ると絶対に出られなくなりそうな老舗は素通りして、書泉グランデの店先に貼ってある新刊情報を軽くチェックしながら、三省堂の横の交差点までたどり着いた。ここを渡ればすぐだ。
 信号待ちをしていると、ふうまが聞いてきた。
「そのバッグ小さいな。今日はあまり買わないつもりとか? いや、そんなわけないよな」
 舞のポシェットを見て不思議そうな顔をしている。
「はい、そんなわけないです。これは私が作った紙のバッグです。折り紙構造になっていて中身に合わせて何段階かで大きくできるんです。最後はキャリーカートになりますよ」
「キャリーカートって便利すぎだろ」
「でしょう?」
 信号が青に変わった。交差点を渡りながら今度は舞が尋ねた。
「今日はなにか目当ての本とかあるんですか?」
「特にないな。なんか良いのがないかなって」
「私もです。さっきの西遊記は? なにか探してましたけど」
「小さい頃に持ってたのをずーっと探してるんだけど、作者も出版社も全然覚えてなくてさ」
「子供の頃ってそうですよね。普通に西遊記ですし」
「そうそう。子供向けに一冊か上下巻くらいにまとまったやつで、八戒を仲間にするときに、悟空が八戒の耳を指で引っ張ってる挿絵があったんだよ。それ見ればこれだって分かるんだけど」
「それで挿絵があるかチェックしてたんですね。でもそれはなかなか探すの難しいですね」
「それっぽい本をこまめにチェックしてるんだけどな。最近は挿絵の記憶もちょっと疑ってる。なにせ小さかったからなあ」
 ふうまは頭ではもう半分諦めている、でも気持ちでは諦めきれないという顔で首を捻った。
「元の西遊記はなんでなくしちゃったんですか?」
「昔、ふうまの屋敷が丸ごと焼けたときにね。西遊記だけじゃなく、そんときになくした本をコツコツ集め直してるんだ」
「そうなんですか……なるほど」
 悲惨な過去をさらっと口にする。いきなりでドキッとして『なるほど』とか変な反応をしてしまった。ふうまは別に気にした風もなく、
「舞はそういうのある? ずっと探してる本とか」
「あります。私も前に持ってた本で、少女マンガなんですけど、大矢ちきの『回転木馬』って、さすがに知らないですよね?」
「うーん、全然知らない。作者の名前も聞いたことない。ごめん」
「しょうがないです。絵もお話もすごく繊細で綺麗な作品を描く漫画家さんなんですが、本はあんまり出てないですし……あ、でもあれは見たことあるかな? 『アルジャーノンに花束を』って読んだことあります? ダニエル・キイスの」
「ああ、もちろん」
「その本の表紙の花束……ええとこれです。これを描いた人です」
 舞はスマホでそれを検索してふうまに見せた。
「あー、見たことある見たことある。へえ、これを描いた人なんだ」
 ふうまはひどく感心したように頷いている。
「『回転木馬』は1970年代の作品で、元々は『りぼん』に載ってたんです。でもずーっと単行本にならなくて、40年くらいたってやっと復刻されたんです。本になったのはその1回だけ」
「そりゃプレミアがつきそうだな」
「はい、すごく。私それ持ってたんですが、焔さんに見せたらとても気に入ってくれて、誕生日のプレゼントにあげちゃったんですよね。雑誌のコピーはありましたし、別にいいかなって」
「でも、やっぱり手元に置いておきたくなったんだ。あるある」
 笑い出すふうまに、舞は溜息混じりで、
「さすがに返してくださいとは言えませんし」
「そりゃそうだ」
「あげるの違うのにすればよかったです」
 思わず愚痴ってしまう舞に、ふうまがまた笑いながら、「見つかるといいな」と励ましてくれたところで、古書会館にたどり着いた。
「それじゃ」
「はい」
 地下一階の会場に入り、ふうまとはそこで別れる。


「待って待って? 『それじゃ』ってなに? まさかそこでふうまセンパイと別行動?」
 みことがビックリした顔で聞いてきた。
「そうだよ」
「なんでなんで? デートなのに」
「だからデートじゃないって。みことちゃんしつこい」
「でもでも、そこまで二人で一緒に歩いて来たんでしょ? なんか話もすごく盛り上がってたし、なんでそこで別れちゃうの? それっておかしいよー」
「でも見たい本は二人とも違うし、お互いのペースがあるし、逆にふうまさんに『一緒に見て回ろう』とか言われたら、ちょっと嫌かな」
「嫌とまで言う。舞ちゃん、超マイペース」
 ものすごく不思議そうな顔をされた。そんなに変かな?
「舞ちゃんらしいよね。私だったらドキドキしちゃって、そんなこととてもできないけど」
 舞のことをよく知っているまりがそう言ってくれた。
「それはまりちゃんがふうま君のこと大好きだからだよね!」
 兎奈ちゃんがいきなり言った。からかってるのではなく、「そういうのすごく素敵だな!」と思っている顔だった。
「ふえっ!?」
 変な声を出すまりに、みことちゃんがすかさず食いつく。
「やっぱりそうなんだ! まりちゃん、ふうまセンパイにラブなの? ラブ?」
「ち、違くて。私はふうまさんのこと尊敬してるっていうか、ただ憧れてるっていうか。ラブとかそういうんじゃなくて!」
「えーホントかなあ」
 みことは疑わしそうな声を出す。そのへんは舞も同感だ。
 もう思い切って告白しちゃえばいいのに。ふうまさんそっち方面ものすごい鈍感だから、言わないと絶対気づいてくれないよ。でもできないんだろうな、まりちゃん先輩。
「私のことはいいから、今日は舞ちゃんの話でしょ? 続き聞こう続き。その後、ふうまさんとどうしたの?」
 あ、ずるい、逃げたと思ったが、みことにグイグイ攻められてちょっとかわいそうなので、舞は昨日の話を続けた。

 と言っても、古書市では本当に別行動だった。
 それほど広くない会場で本を探している後ろ姿を見かけては、「あ、いた」と思うくらいで、別に声をかけたりはしない。
 もちろんお互い無視しているわけではなく、本を探す合間合間にちょっとだけ話すことはあった。
「なんかいいの見つかった?」
「一つ見つけました」
 舞はエドワード・ウインパーの『アルプス登攀記』を見せた。
エドワード・ウインパー。聞いたことあるな、誰だっけ?」
マッターホルンを初登頂した登山家みたいです。これはその記録ですね。面白そうですし、挿絵が素敵なので」
 舞は本を広げていくつかの挿絵を見せた。
木版画か。いいね。いくら?」
「300円です」
「安い。俺はこれ。1500円」
 ふうまが見せたのは、『江戸時代 砲術家の生活』。わ、面白そう。
「買うかどうか迷ったけど、今は保留にしておいて、また後でとかやるともうないんだよな」
「あるあるですね」
 話すことはそれくらいで、すぐまたそれぞれ勝手に本を探し始める。
「あ、西遊記
 舞はこども名作全集という赤い装丁の本を見つけた。
 念のため、耳を引っ張られている八戒の挿絵があるかチェックしてみたがダメだった。
 そんな簡単に見つかったら苦労はない。
 舞が探している『回転木馬』もなし。もっとも後でコミックの専門店に行くつもりなので、ここでは期待していない。
 そんな感じで、お互いたまに姿を見かけたり、時々話したりしていたら、なんとなく会計のタイミングも一緒になった。別にそういう約束をしてたとかじゃない。
 ちょうどお昼時だったので、古書会館を出て、そのまま食事をする流れになった。
「ふうまさん、なに食べます?」
「久しぶりの神保町だから『ボンディ』とか行きたいけどな」
「すごく混んでますよね」
「だよな。あそこまで戻るのも面倒くさいし、このへんまだ見て回りたいし、三省堂の2階のカフェとかどう?」
「あ、いいですね。後で三省堂も行きたいですし」
 そこにあるのはUCCカフェ。日本で初めて缶コーヒーを開発したあのUCCだ。
 もちろんお店で出すのは缶コーヒーではなくて、ちゃんとしたサイフォン式。
 カウンターにずらりと並んだサイフォンがポコポコ鳴っている眺めは楽しいし、女の子一人でも入りやすい店なので、舞はよく利用していた。なにより三省堂に直結しているのが嬉しい。
 お昼だけど、ちょっと甘いものが食べたかったので、舞はフルーツワッフル、ふうまは焼きカレーを頼んでいた。
 そして、どちらからともなくさっき買った本の見せ合いが始まった。
 二人ともかなり買っている。ふうまのデイバッグはもうだいぶ膨らんでいるし、舞のポシェットはトートバッグサイズに変っていた。
「今日の掘り出し物はこれですね」
 舞が取り出したのは、柏書房の『聖徳太子事典』だ。
聖徳太子事典? 事典? 聖徳太子だけの?」
「そうです」
「すごいな。そんなものが成り立つんだ。しかもかなり分厚い。いくら?」
「5000円でした」
「おお、結構するな。聖徳太子事典」
「でも絶版ですし、ネットの通販では1万円くらいするのでラッキーでした」
「ちょっと見せてくれる?」
「いいですよ、どうぞ」
 ふうまはカフェの手ぬぐいでちゃんと手を拭ってから、本を開いて目についた項目を読み始めた。
「ええと、『勝鬘経義疏私鈔、しょうまんぎょうぎしょししょう。聖徳太子勝鬘経義疏に対する唐代明空の末注、6巻より構成される。勝鬘経義疏等の三径義疏が真撰であるかどうかについて』云々かんぬんと。うん、聖徳太子以外、一つも分からない」
 ふうまはあっさり匙を投げると舞に本を返してきた。
勝鬘経(しょうまんぎょう)は、お釈迦様の前で勝鬘夫人って人が教えを説いて、それをお釈迦様が認めるって筋書きの……要するに一般向けに分かりやすく書いた経典ですね。義疏(ぎしょ)は聖徳太子が書いたその注釈書で、私鈔(ししょう)はさらにその注釈みたいですね。へー、そんなのがあるんだ」
「読んだことは?」
「最初の勝鬘経だけはあります。現代語訳されたのですけど」
「さすが。俺はこれを買ってきた。探してた挿絵の奴じゃないけど『西遊記』」
 ふうまが取り出したのは岩波文庫の『西遊記』だった。基本も基本だ。それを一巻から三巻。
岩波文庫ですか? ふうまさんならとっくに読んでそうですけど、それも最初の三冊だけ?」
 読み直すにしても変な買い方だ。わざわざ古書市で買わなくても、この町なら十巻セットがそこらで簡単に安く手に入る。
 舞が首を傾げると、ふうまはちょっと得意げな顔になって、
「翻訳者が違う」
「小野忍? あれ? ……あ、そうか。思い出しました。岩波文庫西遊記の翻訳は元々この人が始めたんですよね」
「そうそう。でも途中で亡くなっちゃって、その後を中野美代子が引き継いたんだよな。で、小野忍で出していた三冊も改めて翻訳しなおして、今はそれでひとまとめってことになってる。小野忍の方は絶版。それがこれ。少し高かったけど前々から気になってたから」
「分かります。私も前書きを読んで気になってました。あ、いいな。読みたいな」
「じゃあ貸そうか?」
 ふうまは買ったばかりの本を差し出した。舞はびっくりして、
「え? いいんですか? せっかく手に入れたのに、ふうまさんが先に読まなくて?」
「今日は色々買う予定だから、なるべく本を減らしておきたいんだよな。すでに結構重くてさ。そのバッグまだキャリーカートに変形するんだろ。三冊だけどよろしく」
「あっ、ひどい。私に荷物持ちさせるとか。わかりました。ふうまさんの代わりに大切に持って帰ります」
 舞はちょっと怒った顔をしてみせて、ふうまから本をありがたく受け取った。


「舞ちゃんとふうまさん、すごい楽しそう。デートみたい」
 まりがぼそっと言った。目つきがどんよりしている。
「ちがうちがう。普通に本の話してただけ。図書室とかでもよくしてるでしょ。それと同じ。デートとかじゃ全然ないから」
「そうかなあ」
「だよねー、学校の中じゃなくて外で二人っきりだもんね。普通に話しててもラブ度がすごいよね。ムフフフフ」
 みことがまた余計なことを言う。どうあっても舞とふうまをそういうことにしたいようだ。
「舞ちゃん、それでそれで? 一緒にご飯食べて、お喋りして、それからどうしたの?」
 兎奈も身体を前後に揺すりながら興味津々で聞いてくる。
「それから? 普通に三省堂で別れたけど」
「別れた! なんで!?」
 みことがまた信じられないという顔をした。
「だから見たい本が違うし、本屋は一人で回りたいの。もうこれでおしまい。ほらチャイム鳴ってる」
 もう昼休みも終わりだ。
 みことはなぜか残念そうな顔で、兎奈はすごく面白かったという顔で、まりはなんとなくまだ納得してないような顔で去っていった。
 ようやく三人から解放され、舞は少しだけほっとした。
 ふうまとの話、実はまだちょっと続きがあったのだ。


「そろそろ帰ろうかな」
 舞がいつも寄っている老舗の和紙店、山形屋紙店の外に出ると、通りはだいぶ暗くなっていた。
 時刻はもうすぐ夜の7時。
 この町の夜は早い。
 三省堂東京堂書泉グランデなどの大型書店はもうちょっと開いているけれど、古本屋は5時くらいから店じまいを始めてしまう。
 行きたいところは大体回ったし、思いがけないものが色々と手に入った 。
 特に萩尾望都の自伝『一度きりの大泉の話』の初版本を買えたのが嬉しい。増刷されたものはもちろん持っているけれど、やっぱり初版本を手元に置いておきたい。
 それだけでは萩尾望都成分が足りなくて、大好きな短編が載っている『半神 自選短編作品集』の美品があったので、これも持っているのにまた買ってしまった。予備にしよう。
 それから『怪傑黒頭巾』や『豹(ジャガー)の眼』など、第二次世界大戦前後に活躍した高垣眸がその晩年に手がけた『熱血小説 宇宙戦艦ヤマト
 タイトルに「熱血」とあるように、オリジナルのアニメとはかなり雰囲気が違うらしい。話には聞いていたが、実物を見たのは初めてだ。箱付きで状態も良かった。
 他には、東洋文庫の『鏡の国の孫悟空』。これはワゴンの安売りだ。全然知らない本だが、ふうまから西遊記を借りていたのと、ルイス・キャロルの『アリス』が好きなのでタイトルを見た瞬間、ピピっときて買ってしまった。読んで面白かったら、お返しにふうまに貸してあげようかな。
 その他にもたくさん買った。『回転木馬』が見つからなかったのは残念だけど、それはまた今度の楽しみにしよう。
 舞は今日の獲物が詰まったキャリーカートを引きながら、神保町駅までの道をのんびりと歩き始めた。
 少し前に甘味処の大丸やき茶房で名物の大丸やきを食べたので、まだお腹は空いていない。今から五車町に帰れば、ちょっと遅い夕食に間に合うはずだ。
 帰りの電車で買ったばかりの本を読むのが楽しみだ。どれから読もうかなと考えていると、スマホに着信があった。
 ふうまからだ。なんだろう?
 お昼の後、別れたきり会っていない。まだ神保町にいるのだろうか? まさか待ってるから一緒に帰ろう―――なんてことは絶対に言わない。
「もしもし、七瀬です」
「ふうまだけど、まだ神保町?」
「これから帰るところです」
「よかった。あのさ、探してた本って、確か大矢ちきの――」
「あったんですか!」
 ふうまが全部言うより早く、舞はスマホに噛みつきそうな勢いで尋ねていた。
「ああ、回転木馬でいいんだよな? メリーゴーラウンドの馬の後ろに人が二人並んでる表紙の」
「それですそれです! ふうまさんどこですか? なんて店ですか?」
喇嘛舎(らましゃ)、場所分かる?」
「分かります。すぐ行きます! それキープしておいてくだい! お願いします!」
 舞は電話を切り、喇嘛舎まで走り出そうとして、はっと時間を確かめた。
 6時50分。
 喇嘛舎は明治大学のすぐそば、ここからだと交差点を二つ渡らなければいけない。
 閉店は確か7時。
 信号待ちでぐずぐずしていたら間に合わないかもしれない。
 ならば方法は一つ。
 舞はキャリーカートをまた変形させて背負うと、こんなこともあろうかと持ってきていた忍法用の紙束をパンプスの裏に素早く張った。
「紙気・跳躍脚っ!! たあああっっ!!」
 大きく身を沈めてから、思い切りジャンプする。足裏に束ねた紙がバネのように反発して、舞の身体は勢いよく宙に舞い上がった。
「はっ! はっっ! はあっ!」
 そのまま左右のビル壁を次々と蹴飛ばし、下にいる人が「なんだあれは!?」とか言っているが、それは気にしないことにして、舞は喇嘛舎まで全速力でぶっ跳んでいった。


「ふうまさん、ありがとうございます。ほんとにありがとうございます! うわあ、嬉しい! やっとまた買えました!」
 閉店にはギリギリで間に合い、舞は念願の『回転木馬』を手に入れることができた。
「なにも空飛んで来なくても」
 忍法でいきなり店の前に降りてきた舞にふうまは呆れていた。
「空は飛んでません。飛び跳ねてきただけです」
スパイダーマンか」
「むしろバネ足ジャックですね」
「そりゃ怪人だよ」
 そう言って笑うふうまは、そのスパイダーマンの小説を喇嘛舎で買っていた。
 それもマーベル・シネマティック・ユニバースが流行する遙か前、1980年に翻訳された『驚異のスパイダーマン』というハヤカワ文庫だ。原題の『アメイジングスパイダーマン』をそのまま訳した題名が妙におかしい。今度読ませてもらおう。
 そんなことがあったので、彼とはそのまま一緒に帰ることになった。
 それがあの三人には言わなかったこと。
 でも、別にそれで帰り道ずっとお喋りしてたとかではなく、逆に電車の中では二人とも買ってきた本を黙々と読んでいた。
 話をしたのは乗り換えの時と、二人ともお腹が空いてしまって、そこのホームの立ち食い蕎麦屋に寄った時、そして五車町の駅でさよならする時くらいだ。
 ロマンチックな雰囲気は全然なくて、あっても困ってしまいそうだし、むしろふうまとのそれくらいの距離感が舞にはとても心地良かった。
 また神保町で会えたらいいな、今度は一緒に行かないかと誘ってみようかなとか考えなくもなかったが、それはもうデートになってしまう。
 嫌ではないけれど、神保町はやっぱり自分のペースで歩きたい。でもデートで別行動って、さすがにちょっと変かなあと思う今の舞だった。
 ところで、舞が神保町で飛び跳ねた件はどこをどう伝わったのか、アサギ先生にしっかり知られることになり、後で大目玉を食らうことになった。

 

 

(了)

 

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【制作後記】

 また舞とふうまの本の話を作ってみた。
 特に敵は出てこない。本編の外伝とかにも多分なっていない。単に神保町で楽しく過ごすだけの話だ。まあ、こういうのは本編ではできないしね。
 舞は盛んにデートじゃない発言をしているが普通にデートだろう。そろそろまりちゃん先輩に謝ったほうがいい。
 それはさておき、本屋を自分のペースで回りたいのは分かる。私だってそうだ。
 しかし、二人でああだこうだ言いながら一緒に見て回るのは、また別の楽しみがある。別行動したくなったら、適当に時間を決めて落ちあって、お互いに買った本を見せあえばいい。その時になんでもいいから1冊、相手にあげる本を選んでくるなんて遊びもできる。
 なにしろ、こっちの世界ではコロナのせいで、毎年今ごろにやっている神田古本まつりが2年続けて中止になってしまった。あっちの世界ではやっているだろうから、この二人にはぜひ一緒に行ってもらいたい。もちろん、こっちでも早くまた開催できることを願っている。
 なお今回、作中に登場した書店や本は全て実在している。せっかくなので書店は神保町オフィシャルサイトの各書店のページに、本は各出版社やAmazonの該当ページにリンクを張ってみた。
 対魔忍RPGは未来の話なので、その頃には神保町も今と変っているだろうが、そういうことは気にしない。
 そうそう、ふうま君が探している「悟空が八戒の耳を摘んでいる挿絵のある西遊記」もちゃんと存在している。春陽堂少年少女文庫の『西遊記』である。
 実はこの本、私自身がずっとその挿絵の記憶だけを頼りに探していて、この後記で「ご存知の方はご一報を」とやって締めるつもりだったのだが、ちょうど話を書き上げて、よしアップしようかというあたりで、いきなり見つかってしまった。そういう偶然はある。
 ふうま君が手に入れるはずだった本を異世界からぶんどってしまったような気がちょっとしている。

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対魔忍RPGショートストーリー『魔界騎士にメイド』

「ドロレス? おーいドロレスー!? どこだー? うーんダメだ。はぐれてしまった。困ったな」
 ノマドの魔界騎士のリーナ、今日はチェックの入ったピンクのワンピースに黒の重ねスカート、手首には黒いバングルをはめ、髪は高めのポニーテールにして、ピンクのポシェットをエレーナから借りてと、普段よりもずっとガーリーな見た目になった彼女は一人途方に暮れていた。
 ここは地下都市ヨミハラではなく、地上のとある街だ。そこで行われているゲームショウ、東京・エンターテイメント・フェスティバル、通称TES(テス)の会場に彼女はいるのだった。
 大のゲーム好きのドロレスに「一人じゃ怖いから一緒に来て」と頼まれたからだが、会場のあまりの広さ、あまりの人の多さに気がついたら離れ離れになっていた。
 一人じゃ怖いなどと言っていたわりには、ドロレスはあれが見たいこれが見たいと、どんどん先に行ってしまった。どうも置いていかれたようだ。
 ドロレスによれば世界三大ゲームショウの一つだとかで、周りはとにかく人、人、人、そしてゲーム、ゲーム、ゲーム、そればかりだ。
 普段ゲームなどしないリーナには完全アウェイで、なにがなんだかさっぱり分からない。自分がどこにいるかも分からない。つまり迷子だった。
「そうだ、スマホで連絡を――だめだ、電源が落ちてる」
 借り物のポシェットからスマホを取り出したが、いつのまにかバッテリーが切れていた。モバイルバッテリーも入れ忘れている。
 これではこっちから連絡が取れない。ドロレスからかかってきても受けられない。
 ちょうどポシェットに入るので“風の魔剣”は持ってきていたが、さしあたり役には立たない。
「困ったな。それにしてもやたらと蒸し暑いな。人混みで酔いそうだ」
 ゲームには詳しくないが、ここの熱気はものすごいものがある。ちょっと異様なほどだ。
 ゲーム好きのドロレスは妙にテンションが上がっていたが、そうでないリーナは居心地が悪い。あまりの人いきれで押しつぶされそうだ。
「はあ、どうしよう……」
 ちょっとクラクラしてきて、リーナはすぐ近くの壁に寄りかかった。そこら中で点滅しているゲーム画面のチカチカも気になるので、目を閉じる。
 周りが騒がしい分、なんだか寂しくなってしまう。元気のでる歌を小さく口ずさむ。
「ずっこけることもあるだろさ……ポンコツることもあるだろさ……だけど私はくじけない……楼嵐武闘だヘイチェケラ」
「あの、大丈夫ですか?」
「わあ」
 突然声をかけられて目を開けると、一人のメイドが心配そうな顔をしていた。
 紺のワンピース、フリルの付いた白いエプロン、頭には同じくフリルのついたカチューチャ、白い手袋に長いブーツ、どこからどう見てもメイドだ。涼やかな声と表情が印象的な少女だ。
「だ、大丈夫だ。あまりこういう場所に慣れていなくてな。暑くて人が多くてちょっと酔ってしまった」
「分かります。私もそうですから。ちょうど今、冷たい物を持ってきています。麦茶ですがよかったらどうぞ」
 親切なメイドは水筒を取り出して、 カップに麦茶を注いでくれた。
「ありがとう」
 リーナは遠慮なく飲ませてもらった。きんと冷えた麦茶が火照った身体に心地いい。
「美味しかった。ごちそうさま」
「お粗末様でした」
 メイドは穏やかに微笑んで水筒をしまった。
「さて、ドロレスを探さないとな」
「誰かをお探しなのですか?」
「一緒に来た友達だ。いつの間にかはぐれてしまった。スマホの電源も切れてしまって連絡できなくて困っている」
 メイドは少し驚いた顔をした。
「まあ、実は私もご主人様とはぐれてしまって」
「なんだそっちもか」
「はい、私のスマホは大丈夫なのですが、どうもここは電波が繋がりにくいようで、どうしても連絡がつきません。やむを得ず歩き回って探しております。このお方ですが、どこかで見かけませんでしたか?」
 彼女はスマホを取り出して、 探しているという主人の写真を見せてくれた。
 男にしては髪が長めで、なぜか右目を閉じていること以外はこれといって特徴のない顔だ。以前、どこかで見たような気もするが気のせいだろう。
「いや、見ていないな。すまない」
「そうですか。ゲーム好きなお方ですから一人であちこち回っていると思うのですが、私はあまりゲームのことには詳しくないので」
「私もだ。いつの間にか置いてきぼりだ。お互い付き添いなのにしょうがないな」
「ええ、本当に」
 リーナはメイドと顔を見合わせて笑った。
「そうだ。よかったら少し一緒に探さないか?」
 彼女はそう言われるとは思っていなかったような顔で、
「それはかまいせんが、私はそちらが探している方のお顔が分かりません」
「かまわない。正直、誰か話し相手が欲しいんだ。ここは完全アウェイで、一人だと自分がどこにいるかもよく分からなくて不安なんだ。同じ境遇の相手がいると落ち着く。どうだ?」
「分かりました。ではご一緒にまいりましょう。申し遅れました。私、出雲鶴と申します」
 彼女はスカートを両手で摘んで挨拶した。
「私はリーナだ。ノマ――」
 ノマドの魔界騎士と言おうとしたリーナはそこでハッとした。
 出かける前、イングリッドに「地上ではあまり大っぴらに正体を明かさないようにな」と言われていたのを思い出したのだ。
「のま?」
 鶴が首を傾げている。
「あ、いや……のま、のま、飲ませてくれてありがとう、麦茶を」
「あ、はい。どういたしまして」
「それでだな。探している友達はドロレスというんだ。フリフリのピンクのワンピースを着ていて、左右の髪をこうリボンで結んでいて、背丈はこれくらい、身体もすごく細くて、私よりずっと幼い感じだ」
 リーナは身振り手振りを交えてドロレスの特徴を伝えた。
「分かりました。そのような方を見たらお伝えします」
「頼む。では行こう」
「はい」
 こうしてリーナは偶然会ったメイド、出雲鶴と行動を共にすることになった。
「リーナさんはドロレスさんが行く場所に心当たりとかはありますか? 見たがっていたゲームのタイトルとか?」
「うーん、色々言っていたんだが、あんまり興味がないから覚えてないんだ」
「私もです。なんとかZという名前を口になさっていたのですが、なんとかの部分を忘れてしまいました」
「あれじゃないか? 『超スパルタンZ シルビアの逆襲』」
 リーナはふと目に入ったブースの看板を指さした。カンフー姿の男がチャイナドレス姿の女と戦っている絵が描いてある。
 他と同じように、そのブースにもお試しプレイ用のゲームが何台か置かれていて、マニアたちがガチャガチャと凄い勢いでレバーを動かしていた。
「そんな逆襲とかは付いてなかったと思いますが……」
 鶴はちょっと首を傾げつつも、集まっているゲーマーたちの顔を確認している。
「いないようです」
「ドロレスもいないな」
 二人はそこを離れ、次のブースを確認する。そこもいない。その次、またその次と見ていく。
 どこもやたらと人が集まっている上、みんなゲームに夢中なので、いるかいないか確かめるだけでも一苦労だ。
 ただリーナもそうだが、鶴も決して人とぶつかったりはしない。人混みのなかをスルスルと流れるように動く。見事な身のこなしだ。それにあの手足はもしかして、
「聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「その手足は機械なのか?」
 鶴ははっと驚いたような顔をした。
「……よくお分かりですね」
「そういう知り合いが何人かいるんだ。皆、見事な腕前の持ち主だった。鶴もそうだ。隙のない綺麗な動きだ。かなりの心得があるようだな」
「…………」
 いきなりそんなことを言い出され、鶴は少しだけ警戒したようだ。顔には出さないようにしているが、その機械の手足を含む身体が、もしリーナがなにかをしてきても対応できる態勢をとっている。
 けれどリーナに他意はない。そのあたりの魔族らしからぬ素直さは、イングリッドにもよく言われるが、彼女の長所でもあり短所でもある。
 鶴もすぐにそれが分かったらしく、あっさりと警戒をといた。
「おみそれしました。ご主人様のために戦うこともメイドの勤めですから、いささが心得がございます」
「それは立派なことだな」
「ありがとうございます。そちらも並のお方ではないとお見受けします」
「もちろんだ。私はまか――」
「まか?」
「い、いや……まか、まか、任せてくれ。私も主人と決めたお方のために日々精進しているんだ。今日はこんな格好をしてるけどな」
 危ない危ない。今度は魔界騎士と言いそうになった。なにしろリーナにとって一番の誇りだ。つい口に出てしまう。
 鶴はくすりと笑って、
「素晴らしいことです。でもその格好もよく似合っておいでです。とても可愛らしいですわ」
「そうか? こういうのあんまり着ないからな。妙に顔が熱くなってしまう。うーん、ほんとに似合ってるのかな?」
 などと首を傾げつつ、意味もなくその場でくるっと回ってみたりした。鶴が小さく拍手してくれた。
 それはいいのだが、周りからもちょっと声が上がっていた。
 自分では気づいていないが、スカートをひらりとひるがえすリーナの姿は確かに愛らしかった。
 しかもすぐ横にはメイドがいる。人目を引かないわけがない。 スマホを取り出す不届き者さえ現れた。
「な、なんか注目されてるな。恥ずかしいぞ」
「そ、そうですね、行きましょう」
 リーナと鶴はそそくさとその場を立ち去る。その姿もお嬢様とお付きのメイドという感じでやはり目立っていた。
 そんなこんなで、二人して会場をぐるぐる回ったが、探し人は見つからない。人はますます増えてくる。
「これは時間がかかってしょうがないな」
「全部見ていたらショウが終わってしまいますね」
 さすがにうんざりしながら、また次のブースに行こうとしたところで、
「あっ」
 鶴が驚いたような声を出した。
「いたのか?」
「いえ、そうではないのですが、あれがちょっと気になったもので……」
 戸惑っているような顔をして、そのあれを指さす。
「スーパーアクション対魔忍7DX?」
「対魔忍のゲームのようです。そんな物もあるんですね」
「へえ、面白いな」
 リーナは感心した。対魔忍をゲームにするとは人間は妙なことを考える。
 そこは今までで一番大きいブースで大勢の人が集まっていた。かなりの人気らしい。
 広いブースの真ん中には直径5メートルほどのプレイエリアがあって、プレイヤー以外は入れないように柵で囲われている。
 なぜか柵の中だけ街中のようになっていて、そこで対魔忍の格好をした小太りの男がオーク相手に刀を振り回していた。
「なんか戦っているな」
「自分の身体を使って遊ぶゲームのようですね」
「ああ、そんなのもあるとドロレスも言っていたな。最近の流行りだそうだ」
「そうなのですか」
 よく見ると、男が戦っているのは本物のオークではなく、ホログラムで作り出されたものだった。結構リアルな映像のオークが空間に浮かび上がっている。
 男が手にしている刀、着ている対魔忍服、街中の風景もみんなホログラムだった。その中で実際に身体を動かすための、あの広いプレイエリアのようだ。
「ずいぶんと大掛かりなゲームだな」
「遊園地のアトラクションのようですね」
 プレイエリアの周りにはモニタがいくつも並んでいて、中で戦っている様子を色々な方向から映し出していた。順番待ちの人はそれを見ながらあれやこれやと話している。
「しかしへっぴり腰だな」
「そうですね」
「あ、やられた」
 小太りの対魔忍がオークの一撃を食らっていた。棍棒が男の頭に振り下ろされている。
 現実なら即死だが、ゲームなので別にどうということはない。
 男の対魔忍服が消えてなくなり、『GAME OVER』という文字が空間に表示された。
 やられてしまった男は悔しそうに、だがとても楽しんだという顔でプレイエリアから出てきた。
「どうする? ここも探してみるか?」
「人気ゲームのようですし、まあ一応」
 しかし順番待ちの列がずらりと並んでいて、それに混じる形でないと人探しもできない。しょうがないので最後尾につく。
 列の前の方にいないか背伸びをしたり、後から並んだのではないかと何度も振り返ってみたり、今プレイしているのではないかとモニタを見上げてたりと、最後の一つ以外は結構周りの邪魔になりながらしばらく探していたら、
「お待たせしました。こちらお二人様ですか?」
 係の女性が二人に聞いてきた。いつの間にか順番が来てしまったようだ。
 リーナと鶴は顔を見合わせた。この楽しんでいってくださいねというニコニコ顔、今更ゲームをする気などなかったとは言いにくい。
「ちょっとだけ試してみるか?」
「そうですね、ではちょっとだけ……」
 二人はプレイエリアの中に入った。さて何が始まるのだろう。
 周りが一瞬暗くなったかと思うと、 目の前に『スーパーアクション対魔忍7DX』というロゴが浮かび、じゃんじゃかと派手な音楽が流れ出した。そしてホログラムの女対魔忍がパッと現れる。
『対魔忍参上! 君が新しい対魔忍だね。期待してるよ。さて君はどんな忍法の使い手なのかな? 今から私が調べちゃうよ! 対魔忍サーチ!』
 その対魔忍はやたらと軽いノリで話しかけてくる。
 井河さくらみたいだな。
 顔も声も違うのだが、前に異次元クラゲ事件で助けてもらった対魔忍のことを思い出す。
「……さくら先生?」
 横で鶴もその名を口にしていた。驚いているような呆れているような顔だ。
「先生?」
「い、いえ、知り合いの方にちょっと雰囲気が似ていたものですから、お気になさらずに」
 鶴はそう誤魔化していたが、もしかしたら本当に井河さくらの生徒で、本物の対魔忍なのかもしれない。だとすれば手足が機械なのも、かなりの心得がありそうなのも頷ける。
 とか思ってるうちに、その対魔忍はビシッとリーナを指差した。
『よし決まった! 君は風遁の術の使い手だ! 風を自在に操っちゃうよ!」
「だろうな」
 実際、リーナは風を良く使う。本当になにか判定していたのか、たまたま同じになったのかは分からない。
 鶴も決まったようだ。
『おっ、君は金遁の術使いだね! 栗きんとんじゃないよ。金属を操れるんだ!」
「……金遁、まあ別にかまいませんが」
 ボソッと呟いている。かまいませんと言いつつ、ちょっと不満そうな顔だ。
 次は武器と対魔忍服を選べと言われた。
 武器は刀、小太刀、薙刀といった近接武器から、クナイ、弓矢、拳銃といった飛び道具まで色々あり、攻撃力だの防御力だのとややこしい数値が表示されていたが、まるで分からないので一番最初に出てきた刀にする。
 右手を握ると、その刀を持っているようにホログラムが映し出される。当たり前だが、刀を持った感じも重さもない。
 服も武器と同じで、形や色を好きに選べるらしい。
 もしかしてイングリッドのようなカッコいい服がないかと一通り見てみたがなかった。リーナが普段着ているようなものもない。
 いくらゲームとはいえ魔界騎士の自分が対魔忍の格好をするのはなにか違う気がする。
「服はこのままでいい」
 試しにそう言ってみたら、
『対魔忍スーツを着ないんだね。やるねえ。そんな君にはたまに敵を一撃で倒しちゃうスーパークリティカルのスキルをプレゼントするよ!』
 なんのことだか分からない。
「私も服はこのままでお願いします」
 鶴もメイドの姿のままだ。
 武器は手甲剣と呼ばれるガントレットと小剣が一体化したようなものを右手につけていた。
 小剣を手に持つより威力を乗せやすいが、リーチが短いので接近戦主体にならざるを得ず、手首も全く使えないので扱いが難しい武器だ。
「それが得意なのか?」
「ゲームですからなんでもいいのですけれど」
 鶴は少し照れくさそうな顔をして、実体のない手甲剣を軽く振ってみたりしている。
『まずは対魔忍の基本的な戦い方を教えちゃうね!』
 チュートリアルが始まった。人形ドローンのホログラムが表示されて、言われた通りに攻撃していくのだ。
 手応えは全くないが、グラフィックの刀でグラフィックのドローンを斬るとちゃんと斬った感じに変化する。ちょっと面白い。
『赤く光ってるところは敵の急所だよ。うまく当てて大ダメージを狙っちゃおう!』
 言われたのでやってみると、なるほど、ドローンがボカンと爆発した。
「敵がわざわざ急所を教えてくれるのか」
「実戦ではそんな親切な敵はいませんね」
「そうだな」
『次は連続攻撃だ!』
「こうか?」
 これも指示通り、右、左と袈裟懸けに切り込んでから真ん中に突きを入れてみる。
 そうするとダメージが大きくなるらしい。他にも決まったコンビネーションがあるようだ。
「連続攻撃というのは敵の動きに合わせて入れるもので、ただ決まった順番で攻撃するのではないと思うが」
「そこはゲームだからでしょう」
「そういうものか。なんか剣が光り出したぞ。別になにもしていないが」
「こちらもです。なんでしょうね」
 その答えはホログラムの対魔忍が教えてくれた。
『よし! 対魔忍ゲージが溜まったよ! 君の必殺忍法で敵を一網打尽だ!』
「必殺忍法? なんだそれ?」
「さっき決まったあれではないでしょうか?」
「私は“風遁の術”だったな」
 リーナは思わず呟いただけだが、その言葉が忍法発動のキーワードになっていたようだ。
 ぶおおおおおおお!!
 突然、目の前に竜巻が巻き起こりドローンがバラバラになった。
「あ、なんか出た」
 リーナはキョトンとした。自分で技を放っていないので、実感がまるでない。
「では私も。金遁の術」
 ぐさぐさぐさぐさ!!
 今度は地面から無数の槍が突然現れて、敵を一瞬にして串刺しにしていた。
「今のが金遁の術のようです。こんな簡単に技が出たら楽ですね」
「まったくだ」
  その後も、攻撃の躱し方――これは実際に身体を動かして避ける。防御の仕方――これは武器の腹を敵に向けて立てると一定時間だけ対魔バリアが張れる、とかを教わっていった。
『これで訓練はおしまい。後は実戦でガンガン鍛えていこう。あっ、ちょうど街中でオークの群れが暴れてるよ。さあ対魔忍出動だ!』
 周囲の画面がパッとどこかの街中に変わった。確かにオークの群れがそこで暴れている。
「ちょうどにもほどがあるな」
「そうですね」
 鶴は笑っていた。リーナと同じでちょっと面白くなってきたらしい。とりあえず二体のオークがこちらに気づいた。
「ぐああああああ!」
 リーナに近づいてきたオークは棍棒をぶんと振り下ろしてきた。見た目と声は派手だがさすがに殺気はこもっていない。
「ふうん」
 リーナは左にひょいと避けつつ、棍棒を持った手首を試しに斬ってみた。ズバッという音がして、派手に血が吹き出した。もちろんそういう映像だ。
 手首はちゃんと切断されたが、なぜかそこに『258』という数字が浮かび上がる。
「なんだこれ?」
 よくわからないが、そのまま死角に踏み込んで首をぽんと刎ねる。
 今度の数字は『386』、それと『CRITICAL』という文字も出てきた。
 首を切られたオークは前のめりに倒れた。死んだらしい。その死体はすぐに消える。
「映像と音だけですが基本はよくある戦闘シミュレーターと似ていますね」
 鶴も自分のオークをあっさり倒していた。あちらは横なぐりの棍棒を頭を下げて躱し、内懐に踏み込んで心臓を一突きにしたようだ。
「戦闘シミュレーター?」
「似たような装置で戦闘訓練をしたことがあります。もっと実践的なものですが」
「私はこんなのは初めてだ。結構面白いな」
 二体の仲間をやられ、向こうで暴れていた残りのオークがどっと押し寄せてくる。
「あれも倒せばいいのかな?」
「だと思います」
「じゃあ倒すか」
「はい」
 リーナと鶴は群がるオークを次々に倒し始めた。
 それで分かって来たが、攻撃すると出る変な数字はダメージを数値化したものらしい。
 リーナの感覚とはかなり違うものの、しっかり斬れば大きなダメージになり、軽く斬れば小さなダメージになる。小さなダメージでも頭や心臓の急所に当てればちゃんと倒せる。
 だから、チュートリアルで教えられた光っている弱点や、順番が決まっている連続攻撃、それから必殺忍法のことなどは気にせず、自分のペースで普通に戦っていた。
 なにしろゲームのオークはどれも似たような動きで、似たような攻撃をしてくる。避けるのも当てるのも簡単だ。
 たまに手や足をちょっと斬られただけで死ぬのもいた。それが敵を一撃で倒すスーパークリティカルらしい。勝手にそういうことをされるとペースが狂う。
「ん?」
 何体か倒したところで、リーナの左斜め前あたりにまた別の数字がプカプカ浮かんでいるのに気づいた。
「12?」
 なんだろうと思いながら、また一人斬ると『13』になった。
「あ、増えた」
「どうも攻撃した回数みたいですね」
「それを数えてどうするんだ?」
「さあ?」
 それはこの手のゲームによくある連続ヒットのコンボ数だった。二人ともただの一度も空振りしないので、その数は増えていくばかりだ。
 積み重なるコンボ。今までのプレイヤーとは明らかに違う、その道の達人を思わせる身のこなし。
 しかも一人はポニーテール、一人はメイドと、まるで格闘ゲームから抜け出てきたような美少女コンビだ。
 リーナが刀を振ればポニーテールがリズミカルに揺れ、スカートもいい感じにひるがえる。
 対する鶴はどれだけ激しく動いても、メイドのスカートが見えそうで見えない鉄壁の構えを誇示する。
 周りで見ていたギャラリーが色んな意味で沸き立ち始めた。
「なんかまた注目されているな」
「みたいですね。これでご主人様が見つけてくださるといいのですか」
 などと言いながら、二人で三十体ほどのオークを倒すと、突然ブーブーブーと警告音が鳴り出した。
「なんだ?」
「なんでしょう?」
 『WARNING』という文字が点滅し、これまでより二回りほど大きなオークが現れた。
 大袈裟な甲冑を身に纏い、両手持ちの大斧を手にしている。
 『BOSS オークソルジャー』
「あれがボスか」
 と文字が出ているからにはそうなのだろうが、見た目がちょっと違うだけで、数多くの配下を従えるボスの存在感はない。
「ごあああああああああああ!!」
 オークソルジャーはやはり声だけといった雄叫びを上げた。
 異変が生じたのはその時だった。
「なんだ?」
 薄らとした黒いもやのようなものがプレイエリアの外、会場全体から集まり、オークソルジャーに吸い込まれていく。微かだが邪気を感じる。それが会場の至る所から湧き上がり、ここで一つに集まって凝り固まっていく。
「グアアアアアアアアアアア!!」
 オークソルジャーが再び吠えた。
 リーナのうなじのあたりがゾワっと逆立った。
 さっきまでとは違う。ただの映像ではない。はっきりと存在感がある。なにかいる。あそこに。
「なにか取り憑いたようですね」
 鶴が言った。その横顔がきりりと引き締まっている。
「ここは人が多くて妙な熱気に満ちているからな。ああいう邪気の類が集まりやすいんだ。普通ならどうということはないが、あのオークが依代にちょうどよかったのか、私たちに引き寄せられてきたのか、そこら中から集まって力をつけている」
「つまり良くないものですね。倒しましょう」
「その方がいい」
 二人の敵意を邪気が感じ取ったのか、元からゲームで戦うことになっていたからか、オークソルジャーが猛然と向かってきた。狙いはリーナだ。
「ぐごああああああ!!」
 その叫びにはっきりとした殺気が篭っている。こちらを殺そうとしてくる本物の敵だ。
「来いっ!」
 リーナに臆するところはない。
 突進してくる敵にあえて自分から向かっていく。
 慣れないゲームに戸惑っていた気持ちが消え、動きが本来のキレのあるもの、魔界騎士のそれに戻っている。
 鶴が思わず「疾い」と瞠目するほどのものだ。
 オークソルジャーはリーナを迎え撃たんと立ち止まり、怒号と共に大斧を振り下ろしてきた。だが遅い。
 リーナはそれを左斜め前にさらに踏み出して避けつつ、敵の懐に入って、がら空きになった胴に一撃を――
「リーナさん、刀!」
「え?」
 あっ、しまった。これはゲームの刀だ。邪気が取り憑いたオークがこれで斬れるのか? ええい、ままよ。
「たあっ!」
 そのままゲームの刀で胴を撫で斬りにしてみる。
「ぐっっ!」
 オークソルジャーが呻き、その動きが止まった。効いたのか?
「がああっ!!」
 敵は大斧を激しく振り払ってきた。駄目だ。中の邪気には効いていない。さっと後ろに引いてそれを躱す。
「てやあああっ!!」
 リーナと入れ替わるように、逆サイドから鶴が飛び込んで、オークソルジャーの腹に右の蹴りを入れていた。
 ズンという重い踏み込みの力を全て乗せた見事な突き蹴りだ。本当に得意なのは足技らしい。
 オークソルジャーの巨体が派手に吹っ飛び、ホログラムの映像がぶんっと一瞬乱れたが、
「駄目です。おかしな話ですがゲームの鎧が邪魔をしています」
「こちらもだ。オークには攻撃が当たったが、中の邪気にはゲームの刀が素通りだ。当たり前だけどな」
「双方の性質を持っているというわけですか」
「そうなるな」
 ゲームの武器では本体にダメージを与えられず、現実の攻撃ではゲームの鎧が邪魔をする。
 思ったよりもやっかいな相手だ。さて、どう攻めるか。
 斧を頭上でブンブンと振り回しているオークソルジャーから距離をとりつつ、次の出方を考えていると、
「鎧! 鎧! 剥がして鎧!」
「弱点! 弱点! 鎧!」
 周りのギャラリーから一斉に声が上がった。オークソルジャーを指差して叫んでいる。
「なんだ?」
「弱点を突いて鎧を剥がせということでしょうか?」
 大勢があっちこっちでワーワー言ってるので分かりにくいが、そういうことらしい。
 確かに、オークソルジャーが着込んだ鎧のあちこちが例の弱点の赤色に光っている。
「よし、やってみよう。私たちはゲームには不慣れだ」
「分かりました。ならば鎧の弱点の方はお任せできますか? 私よりリーナさんの方が動きが早いです」
「任せろ。鶴はまた足で攻撃するのか? 武器はないのか?」
「ございます。これを使わせて頂きます」
 鶴はスカートの裾を持って一礼すると、編み上げブーツで床をタタンと打ち鳴らした。
 その途端、ブーツもタイツもまとめて両足がキュンと鋭いブレード状に変形した。アンドロイドレッグの武器化だ。
 その様を見てギャラリーがどっと歓声をあげる。
「かっこいいな。ではいくぞ!」
「はい!」
 リーナが再び先陣を切る。
 オークソルジャーの怒気が膨れ上がっている。その内に潜む邪気が放つ怒気だ。
「ぐああああああああ!!」
 オークソルジャーは頭上で旋回させていた斧を間合いのはるか外からぐいと突き出してきた。
 その先端からどす黒い邪気の塊が火球のように打ち出される。
「むっ」
 あれを避けるのは簡単だ。
 でも、そうしたら後ろで見ているギャラリーに邪気球が当たってしまうかもしれない。
 プレイエリアの外までは攻撃が届かないかもしれないが、そんなリスクは犯せない。
 リーナは左手をポシェットに突っ込み、“風の魔剣”をスラリと引き抜いた。
「サマーストーム!」
 繰り出したその刃が渦巻く風を生み出し、邪気球を一瞬で相殺した。
「うおおおおおおおおお!」
 ギャラリーがものすごい勢いで湧いた。
 ちょっと驚いたが、リーナは右手にゲームの刀、左手に風の魔剣を持ってオークソルジャーにさらに肉薄する。
 今度は直接斬ろうとオークソルジャーが大斧を高く振り上げたときには、リーナはもう敵の懐に入っていた。
 意思のないゲームキャラであるはずのオークソルジャーの目が驚愕に大きく見開かれる。
 鎧の弱点は五箇所、左の肩口、右の脇腹、左の太もも、右の膝、そして鳩尾、そこだけがまだゲームらしく赤々と光っていた。
「食らえ、ヴァニッシュ!!」
 今度は右手のゲームの刀を連続して弱点に突き立てた。
 鎧全体にパッと細かい亀裂が入り、パァーンという派手な音がして砕け散った。
「そいやっ!」
 素早く身を翻しつつ、まだ斧を掲げたままの籠手のなくなった両腕を左手の風の魔剣でついでに薙ぎ払う。
 何かを斬った確かな手応えがあり、両腕の映像はなにも変わらなかったが動きが止まった。
「紅鶴飛翔脚っ!!」
 そのタイミングで鶴が跳躍している。あっちも別人のようなキレのある動きでブレードに変えた右脚を鋭く突き出した。
 鶴というより獲物を狙う鷹を思わせるその跳び蹴りは、すれ違いざまの一瞬にオークソルジャーの鳩尾、心臓、そして脳天を貫いた。
「グガアアアアアアアア!!」
 苦悶の咆哮と共にオークソルジャーの体から邪気がぶわっと飛び出し、散り散りになって消えていった。よし倒した。
 と思ったのだが、
「あれ?」
 オークソルジャーがまだ動いている。しかもさっき斬ったはずの腕で斧をまたブンブン振り回している。なんでだ?
 ギャラリーが「とどめ!」「とどめ!」と叫んでいる。
「あ、そうか」
「ゲームの敵をまだ倒していませんね」
 二人同時にそれに気付いた。
 なんとなく顔を見合わせて笑ってしまう。
「では、とどめはご一緒に」
「うんいくぞ、せーの」
 息を合わせ、リーナは右から、鶴は左から、オークソルジャーの身体を同時に深く突き刺した。もちろんゲームの武器で。
「ぐがあああああああああ!」
 さっきと似たような、だがもうただの音でしかない断末魔の声を発して、オークソルジャーはようやく倒れて消えた。
『GAME CLEAR』
 二人の前にはそう映し出されていた。
 直後、すごい歓声が二人を包み込んだ。ギャラリーは大興奮だ。「ポニテちゃん!」「メイドちゃん!」などという声も聞こえる。
 あまりこういう経験はないのでどんな顔をすればいいか困る。無視するのも悪い気がしたので、なんとなく手を振ったら、歓声は一層大きくなった。
「大騒ぎだな」
「こんなことをするつもりはなかったのですが」
 足を元に戻した鶴も困ったような顔をしていたが、ここでずっと声援を浴びているわけにもいかないので、二人ともプレイエリアから出ることにする。
「あ、あのっ、ちょ、ちょっとすいません! ま、待ってください!!」
 ブースの後ろの方から眼鏡をかけた男がどたばたと現れた。ゲームのロゴの入ったシャツを着ている。関係者のようだ。やけに慌てている。あ、転んだ。すぐさま立ち上がり、ずれた眼鏡もそのままに二人に話しかけてきた。
「わ、私はこれを開発したシモンズと言います。今、お二人はなにをしたんですか? オークソルジャーがあんな挙動をするなんてありえない。絶対にありえない。それにあなたのさっきのあの技! サ、サマーストームですか? 一体なにをどうやったんです? この場でプログラムに介入したんですか? そんなことが可能なんですか? もしかして著名なプログラマーの方ですか?」
 マシンガンのように畳み掛けてくる。圧がすごい。
「あ、ええと、いや私は……」
 なんて答えたらいいだろう。
 ノマドの魔界騎士という正体は明かせない。面倒くさいから逃げてしまおうか。
「お嬢様はかの天才プログラマー、リーザン・イレベッグのお孫様です」
「え?」
 突然、鶴がよく分からないことを言い出した。だが男はすごい反応を示す。
「あの! あのリーザンの! お孫さんがいたんですか! それであんなすごいことを!」
 どんどん声が大きくなっていく男を鶴はやんわりと手で制して、
「申し訳ありませんが内密に願います。お嬢様がこちらに参ったのは極秘ですので。お嬢様、いきなり人のゲームに介入するのは無礼にございます。お控えくださいませ」
「あ、うん、分かった。すまなかったな」
 まるで分からないが、そう合わせておく。
「と、とんでもありません! 参考になりました。必ずアップデートに取り入れます。ありがとうございました!」
「う、うん、頑張ってくれ」
「失礼いたします」
 すごい勢いで頭をさげている男を背に、まだどよめいているギャラリーの注目を浴びながら、二人は対魔忍ゲームのブースを離れていった。
「リーザンなんとかって誰だ?」
 小声で聞くリーナに鶴もひそひそ声で返してくる。
「私もよくは知らないのですが、この界隈では有名な方のようです。勝手に申し訳ありません」
「いや、困ってたから助かった」
 思いもかけず注目を浴びてしまった二人だったが、それも人の多さと賑わいですぐに紛れてしまう。
 ゲームショウはあいかわらず盛り上がっている。
「これからどうするかな」
「こうやって探していても埒があきませんね」
 当てもなく歩きながら二人でちょっと途方に暮れていると、リーナを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ! リーナさん! リーナさん! ドロレスさんが探してましたよ。リーナさーん!」
 かつて魔界の小さな傭兵団で共に時を過ごした友人のリリスがチアガール姿でポンポンを振っている。使い魔のベリリクも一緒だ。
「なんだ来てたのか。今日はここで修行してるんだな。あれはひょっとして犬のゲームか。うーん、犬かあ」
「お知り合いの方ですか?」
「古い友達だ。ドロレスと会っていたみたいだ」
「そのようですね。良かったですわ。では私はここで失礼させていただきます。ご主人様を探さねばなりませんので」
「そうか、ありがとう。なんか変なことになってしまったが、一緒に戦えて楽しかったぞ」
 リーナはごく自然に右手を差し出した。
「私も思いもかけず楽しい時を過ごさせて頂きました。ありがとうございます」
 鶴は朗らかに微笑んで手袋を外した。
 握ったその手はアンドロイドアームの硬い手だったが、握手を受けたその仕草は最初に声をかけてくれた時と同じで、優しい気遣いに溢れていた。

 その後、『スーパーアクション対魔忍7DX』は様々な改良を施された後、大型ゲームセンターやアミューズメントパークに置かれるようになった。
 ゲーム中、特定の条件を満たすと色々なヘルプキャラが現れるのだが、なかでもポニーテールの魔法剣士とカンフー使いのメイドのアクションの出来が際立っていて、ゲーマーたちの人気を博したという。

 

 

【制作後記】

 『ニートにメイド』は引きこもり魔族のドロレスと、押しかけメイドの出雲鶴にスポットが当たることになったイベントだ。
 本作は、イベントでは出番の少なかったリーナがドロレスとはぐれている間に、やはりふうま君とはぐれている出雲鶴と出会っていたらという非公式のお話だ。
 二人ともゲームのことをよく知らないので、せっかくだから一緒にゲームを楽しんでもらうことにした。
 そのゲームの元ネタはもちろん『アクション対魔忍』だが、ゲームセンターで宇宙戦争パイロットを探していた懐かしのSF映画スター・ファイター』のように、 こんなのを使って対魔忍候補を探していたりすると面白い。

 ハイスコアを出したあなたの所にある日突然、Y-kazeXちゃんが訪ねてくるのだ。
「キミ、対魔忍の素質あるかもよ?」

 ゆめゆめついていってはいけない。

 男なら十中八九モブ死だし、女ならアヘ顔一直線だ。

 

【追記】

リーナ作画担当の旭さんがイラストを描いてくれました。

ふにゃふにゃのリーナとクールな鶴。いいですね-。 

 

 他にも、この話をアップする以前に『ニートにメイド』の裏であったであろう、リーナとリリスの対面の絵を描かれていたので、これ幸いとラストで場面を合わせています。二人とも本当に表情が豊かで可愛い。ありがとうございます。

 

対魔忍RPG 未来IFショートトーク 『恋人たち』

二人の週末

「たっだいまー!」
「って誰もいないけどね。おかえりなさーい。とりあえずお風呂、お風呂!」

 シャワシャワ~~~

「いまのキミは~~ピカピカに光って~~♪ 呆れかえるほど~~ふふふん♪」

「ふう、さっぱりした」
「さてさて、今日の私のスタイルはっと……ん? んん? ちょっーとお腹が……いや、出てない出てない、気のせい気のせい」
「でもお風呂上がりのビールはやめとこ。ここは普通に炭酸水で――ごくごくごくごく、ぷはーっ、美味し。お水が一番」

「さってと、ご飯どうしよっかな。今日はもう作るのめんどいし、なんかあったかな? 」

「冷凍チャーハンみーっけ。これと……唐揚げも発見。残り4個か。じゃ全部食べちゃおっと。あとなんか野菜野菜……洋風野菜パックは……んーないか。また買っとかなきゃ。じゃインゲンのおひたしでいっか」

 ちーん

「できたできた。それとわかめスープでいいかな。いっただっきまーす」
「もぐもぐ、もぐもぐ、うん上出来、最近は冷凍チャーハンもほんと美味しくなったよね。唐揚げもジューシー」

 ブーブーブー

「あ、なんかメール来てる。……えっ? 『今からそっち行く』 嘘! 帰るの明日って言ったじゃん。まずいまずい。えとえと『コンビニに寄ってなんか新しいスイーツ買ってきて。あと悪いけどナプキンもお願い。羽付きで夜用のやつ。ごめんね』 はい送信」
「これで少しは時間稼ぎができるはず。男がコンビニで生理用品買うとか普通はできないもんね、にひひ」

 ブーブーブー

「うわっ、もう返信きた。『これだっけ?』 ちょっ、なんで私が使ってるやつ知ってんの? もうドン引きだよ。『それでおねがい、ありがと』  ああもうどうしよどうしよ。もろすっぴんだし、お化粧してる時間なんかないし、とりあえず服替えなきゃ服、このダサい下着も!」

 ぴんぽーん

「はいはいはい」
「よう、来ちゃった」
「来ちゃったじゃないよ。約束は明日だったでしょ。来るなら来るって先に言ってよ」
「悪い悪い。任務が意外と早く終わってさ。これお土産。『濃厚なクリームで仕立てずっしりプリン』 こんなんで良かったか?」
「あっ、なんかおいしそ。ありがと」
「あとこれも。急に始まっちゃったのか?」
「違うよ。予備がなくなりそうだったから念のため頼んだの。ありがとね。そっちの包みは?」
「牛丼。飯まだでさ。俺の分、用意してないだろうし」
「してないよ。明日買い物に行くつもりだったんだから。まあいいから入って」
「おじゃまします。なんだそっちも飯の最中か」
「食べてたとこ」
「じゃあちょうど良かったな」
「お茶入れる? お味噌汁とかの方がいい? インスタントだけど」
「お茶がいいな。緑茶」
「了解」
「さて、そっちの夕飯はと、冷凍のチャーハンにこれも冷凍の唐揚げか。ははは、女子力ゼロって感じだな」
「影遁ぱーんち!」

 ぼかっ

「痛いって」
「いきなり来といてそういうこと言う? 言う? 今日は作るのめんどくさかったの」
「せめて野菜くらいはつけろよな。健康のために」
「ついてるじゃん。ほらそこ。インゲンのおひたし」
「これっぽっちじゃな。俺なんか生野菜付きだぞ」
「牛丼屋のサラダくらいで偉そうに。はいお茶!」
「サンキュー。じゃ食べようぜ。いっただっきまーす」
「いただきます」
「ぐぁっ、ぐぁっ、くうぅ美味い。やっぱ一仕事終えた後の牛丼は最高だよな」
「そんなものばっか食べてるとメタボになるよ。任務の方はどうだったの? 今回はアスカちゃんと一緒だったんだっけ?」
「そうそう、現場で会うのは久しぶりでさ、任務自体は問題なく終わったんだけど、あいつも俺も今や先生だからな。そのへんの苦労話でなんか盛り上がったよ」
「ふふん、ようやくチミもあの頃の私の苦労がわかったようだね。ただお気楽極楽でやってたわけじゃないんだよ、先生は」
「今更ながら感謝してます」
「にひひ、素直で結構」
「でも半分くらいは地だったろ?」
「あはは、まあねー。私はいくら頑張っても『最強』にはなれないからね。その分開き直ってたとこはあるかな。でも嬉しいな。やっと私と同じ立場になってくれて」
「そんなに気にしてたんだ?」
「するよー。するに決まってるよ。やっぱりほら教師と生徒ってとのは一線を越えちゃった感あるし、さすがの私でもちょっとは体裁とか考えるし、まあ秘密の恋って感じであれはあれでドキドキしたけど、オープンにできる今の方がやっぱり楽」
「そうか」
「後はあれだね、そろそろ私が引退できるようなちゃんとした理由が欲しいかなーって」
「俺に一人前の先生になれと?」
「まあそれもあるけどお」
「けど?」
「もうわかってるくせに」
「いや分からないなあ」
「嘘ばっかり。じゃあ身体で分からせちゃおっと。一日早く来たってことはそういうつもりなんでしょ? 私だって今日明日はばっちり危ない日なんだからね。むふふふふ」

 

 

髪を切った彼女

「ごめんなさい、待った?」
「いや、俺も今来たとこ。ってその髪型?」
「ちょっとね。イメチェンしてみたんだ。どうかな?」
「……ああ、似合ってるよ」
「そう? よかった。思い切ってやってみて」
「…………」
「どうしたの? なんか変な顔してる。そんなビックリした? やっぱりイメージ違いすぎ?」
「いや、そういうことじゃなくてな」
「ん?」
「懐かしいなって」
「なにそれ? ショートにしたの初めてだけど?」
「ああ、でもそんな感じのお前を見たのは初めてじゃない」
「???」
「そうだな。もう言ってもいいか。実はな――」

 

「ふうん、そんなことがあったんだ」
「あんまり驚いてないな」
「そりゃね。私たち今まで何度も何度も訳の分からないトラブルに巻き込まれてきたし」
「そりゃそうだ」
「でもそれで一つ納得した」
「なにが?」
「あのころ、あなたが私を見る目がなんか変だった理由。気を遣ってるっていうか、どう接したらいいか迷ってるっていうか、ひょっとして告白でもしてくれるのかなって思ってたけど、別にそんなことなくて、いつの間にか普通に戻ってたじゃない?」
「じゃないと言われても、そうだったか?」
「すごくそうだった。まああの頃は色々と大変だったし、またなんかあったんだろうなって、私なりに気を利かせて気づかないふりしてたけど」
「そりゃ、どうもありがとう」
「どういたしまして。そっかー。別世界の未来の私かあ、そんなに似てる? 今の私と?」
「ああそっくりだ、と言いたいところだが、よく見るとやっぱりちょっと違うな」
「まさかそっちの私の方が胸がおっきかったとかなんとか」
「ははは、そこは同じだな。もうまったく――」
「はぁ!?」
「いや、なんでもない。そういうことじゃなくてな。彼女はもっとこう厳しい表情をしてたよ」
「そりゃそうでしょ。今聞いた話だと、なんかすごい絶望的な未来からやってきたんでしょ。こっちの過去を変えるために。そりゃ厳しい顔にもなるわよ」
「それもあったろうけどな、自分の素直な気持ちを無理に抑えつけてるって、そんな気がしたよ。時々、一人ですごく寂しそうな顔してたしな、彼女」
「彼女、ふーん、そうなんだ、へー」
「なんか言いたげだな?」
「その彼女となんかあったでしょ?」
「いや、なんにもないよ」
「うそ! 今一瞬、目逸らした。なにがあったその未来の私と! さあ白状しろ!」
「な、なにもしてないって!」
「じゃあ、あっちがしたのね! そうでしょ!」
「な、なんでそんなことわかるんだ!?」
「分かるわよ! だってそれ私だもん!  そんな悲しい気持ちをひた隠しにして、未来ではずっと前に死んでたあなたに会いに来て、なんにもしないで帰るわけないでしょ! 私なら絶対しない! 押し倒すくらいのことはするわ!」
「そ、そこまではされてない。ただ、帰り際にちょっと、な」
「ちょっとなに!?」
「だ、たからその、さよならってキスをな。いや、勘違いするなよ。俺からしたわけじゃないぞ。気がついたらされてたんだからな。ほんとだ。嘘じゃない」
「むっふーーー、さよならのキスとかほんとにもうその私は。私が知らないと思って!」
「そんなに怒るなよ。もうずいぶん昔の話だし」
「昔とか今とか関係ないわ! あっ、ちょっと待って! ってことはなに? 私よりその私と先にキスしたってこと? そうでしょ? だってその頃私たちまだ付き合ってなかったし、そうなんでしょ!」
「ま、まあそういうことになるかな、ははは」
「はははじゃないわよ! なんなのよそれ、信じらんない!」
「そ、そんなに興奮するな。今日はそういう話をしようと思って来たわけじゃない。その髪型を見てふと思い出しただけだ。すまん。ちょっと気持ちを切り替えてだな、これ受け取って欲しいんだが……」
「はあ? なによ? 物なんかで釣られなんだからね! ……えっ? 嘘、それって。え? 待って待って、今日ってそれで呼び出したの?」
「まあ、その、そういうことだ。なんか変なタイミングになっちゃったが、受け取ってくれるか?」
「……うん。ありがと。付けてみてもいい?」
「もちろん」
「うわあ、素敵。嬉しい。すごく嬉しい。ありがとう」
「そうか。よかった」
「あっ」
「どうした?」
「えっと、えっとね。別にこれくれたから言うわけじゃないし、私も変なタイミングになっちゃったんだけど、一つサプライズいいかな?」
「なんだ?」
「今日ね、午前中ね、ちょっと時間があったからお医者さん行ってきたんだけど、その……3ヶ月だって」

 

 

TEN YEARS AFTER

「なんかこういうの久しぶりね」
「直に会うのは半年ぶりくらいか」
「そのくらいかな? モニタ越しにはちょくちょく顔合わせてるから、あんまり会ってないって感じはしないけど」
「お互い現場にはあんまり出なくなったしな」
「そっちはそうだろうけど、私は結構現場に出てるわよ。『鋼鉄』の二つ名は未だ健在ってとこね」
「その二つ名もそろそろレトロになってきたがな」
「ちょっと。人のこと旧式のロートルみたいに言わないでよ」
「でもDSOでも開発のメインはニューロノイドだろ?」
「そうだけど、こっちだってまだまだ現役なんだから。アップデートもしてるし、やっぱり今までの蓄積ってものがあるもの。そうだ聞いてよ。こないだ養成機関を首席で卒業した新人三人がうちに来たのよ」
「その噂なら聞いたよ。鼻っ柱をへし折ってやったんだろ?」
「あっ知ってた? そうそう、うわべは丁寧だけど人のこと旧式の御局様って思ってる生意気な態度がぷんぷんだったから、挨拶代わりに三対一の模擬戦でかるーく捻ってやったわ」
「いい薬になったろう。しかし普通に意地悪な御局様だな」
「いいの。こっちは時間もお金もかけて訓練してるんだから、あれくらいで調子に乗って、現場ですぐにやられたらたまったもんじゃないわ」
「そのあたりはうちでも苦労してる。新人は危なっかしくてな。ようやくあの頃の先生たちの気持ちがわかってきたよ」
「そういえばあの人、未だに現場に出てるの?」
「たまにな。さっきの話じゃないが『最強』の名は健在だよ。本人曰く、全盛期の半分くらいの力だそうだけどな」
「うそうそ。裏でしっかり鍛錬してるに決まってるわ。まったく年寄りの冷や水なんだから、いい加減引っ込めばいいのに」
「それ俺たちも言われてそうだな。実際もう若くはないしな」
「やめてよね。あなたにそういうこと言われると本気でグサッと来るから」
「悪い悪い。お前自身はニューロノイドに換装する気はないのか? そっちの方が楽だろう?」
「んーー多分しないかな。そりゃメンテの手間は大幅に省けるし、日常用と戦闘用を使い分けなくていいけど、私的にはその一手間が逆にオンとオフをスパッと切り替えられていいのよね。ほら普段は適当な格好してても、決める時はビシッと決めるみたいな」
「なるほど。これまでのイメージもあるしな」
「そうそう、それにさ……」
「ん?」
「あなた、好きでしょ? この身体」
「まあな」
「じゃあ変えない」
「可愛いな」
「当然」
「しかし、さすがに最近はこのあたりがふっくらと」
「なんか言った?」
「なんでもないなんでもない」
「もう。これでも維持しようと頑張ってるの」
「分かってるよ」
「まあ多少はね。昔とは違うし」
「確かに違うな。今の方がずっと魅力的だ」
「ふふ、ありがと。あなたもお世辞がスマートになったわね。昔はそういうことちーっとも言ってくれなかったし」
「そりゃすまなかったな。まあ色々あって今の俺たちってことだしな」
「まあね、家の方どうなの? 彼女と上手くやってるの?」
「ぼちぼちってとこかな。そっちこそどうなんだ。未来ちゃん5歳だっけ? 」
「もう生意気生意気。『ママなんでおじちゃんと結婚しないの? 略奪婚だよ、略奪婚』って、やるわけないでしょそんなこと」
「女の子はませてるなあ。どこでそんな言葉覚えてくるんだ?」
「知らないわよ、まったく」
「昔のこと言ってないのか?」
「言ってない言ってない。なんでとかどうしてとかあれこれ聞かれて面倒じゃない。まあ結局は若かったってことだけど、それだけじゃないしね」
「…………」
「どうしたの黙っちゃって?」
「後悔してるか?」
「今更それ聞くんだ? そりゃまあちょっとはね。でもあれがあったから、お互いにちょうどいい距離が分かったんだし、そういう意味ではやっといて良かったのかなって。あんまり褒められた関係じゃないけど、私たちにはそれがいいのよ、多分ね」
「そうだな」
「あっでも、あの子が大きくなって、ちゃんと結婚でもして、私一人になったら、また誰かと一緒にいたいなあとか思ったりするかもね。それがあなたかは保証しないけど」
「まいったな。じゃあそんな将来のことを考えつつ」
「続き、しよっか?」

  

 

【制作後記】

バレンタインイベントも終盤。

ふとこんなものが作りたくなって、この先のどこかの未来かもしれない、三組のカップルの短い会話を考えてみた。

あえてセリフのみにし、誰が喋っているか名前を付けず、名詞もなるべく省いて、いったい誰と誰の会話なのか、二人はどんな関係で、どんなシチュエーションなのかはっきりさせていない。あれこれ想像して読んで欲しい。

なお、三つはそれぞれ独立した別の未来の話である。念のため。

 

 

対魔忍RPGショートストーリー『甲河アスカ強化計画』

「あーもう、やってらんない!」
 甲河アスカは米連防衛科学研究室、通称DSOの日本支部にあるシミュレーションルームで一人癇癪を起こしていた。
 アスカが見ているのは、彼女がある対魔忍と戦った場合の戦闘シミュレーションプログラムの結果だ。
 いわく勝率3%。奇跡でも起こらなければ勝てないというありがたいお達しだ。
 しかも、色々と条件や戦法を変えてシミュレーションを行ったうち、これが一番が高いときている。まさか二桁にも届かないとは。うんざりだ。
 その他にも、シミュレーターによる戦闘分析という御託がああだこうだと書かれていたが、もう読む気にもなれなかった。
「やっぱり基本的な技術レベルで負けてるのが痛いなあ。こっちの動きも全部読まれてるっぽいし、アクセルモードを使っても平気で対応しそうだし。未来人かあ」
 アスカは溜息をつき、ついでに頬肘もついた。戦闘用アンドロイド・アームのひんやりとした感触が頬に気持ちいい。
 その未来人、成長した水城ゆきかぜがシミュレーションの相手だった。
 アルサールとか言う変な奴にふうま小太郎と上原鹿之助が殺されたあげく、世界征服までされている未来から、この世界を救うためにやってきたという昔のSF映画みたいな女だ。
 実際には現在の直接の未来ではなく、未来に相当する異世界ということらしいが、そんなことはどうでもいい。
 大切なのは鋼鉄の死神、米連最強のサイボーグと呼ばれる彼女が手も足も出ず、手玉に取られたという事実だ。
 未来テクノロジーの塊のようなスーツを身にまとい、雷遁を完璧に使いこなす戦闘力はもう完全に別人だった。あとすごい美人になっていた。スタイルはあまり成長してなかったけど。
 ちょっとした誤解――でもないけどやりあって、その後なんだかんだで共闘して、諸悪の根源のアルサールを倒し、その力の源のテセラックという遺物を壊して、この世界のふうまと鹿之助も死なずに済んでめでたしめでたしと思ったら、あの女、ことのついでにふうまにキスして未来に帰っていった。
 最後のは別に気にしちゃいないけれど、あっさり負けたのはやっぱり悔しい。
 悔しいからどうにかして勝てる方法がないかと、シミュレーションで色々試していたのだが、結果はこのざまだ。
「これはもう私がパワーアップするしかないわね! そうよ、パワーアップよ!」
 アスカはすっくと立ち上がり、鋼鉄の拳を握りしめた。

 

「パワーアップ計画?」
 DSO日本支部主任上級研究員の小谷健司は研究室に突然やってきたアスカに怪訝そうな顔をした。
 いつもボサボサの髪、ださいメガネ、おきまりの白衣とギークを絵に描いたような人物だが、これでもDSO日本支部の技術方のトップ、専門は素粒子論で対魔粒子の研究に関しては世界でも三本の指に入る。
 アスカのアンドロイドアーム&レッグの開発にももちろん携わっていて、必殺の対魔超粒子砲はその研究の成果の一つだ。
 エリート科学者にありがちな偉ぶったところがなく、付き合いも長いので、アスカにとっては近所にいる冴えないけど天才のお兄ちゃんという感じだ。
 全くモテなさそうな外見のわりに、キャサリンというすごい綺麗な奥さんがいる。アメリカ人にしては珍しいふわっとした印象の優しい女性だ。「アスカとは大違いだろ?」 余計なお世話だ。
 5歳になる娘さんは愛ちゃん。活発な子で絵本を読んであげるよりも、外で一緒に遊んであげるほうが喜ぶ。アスカちゃんみたいな格好いい手足が欲しいそうだ。将来有望だ。
「なんだいそのパワーアップ計画ってのは?」
 小谷はもう一度言った。
「私を今よりもっと強くする計画に決まってるでしょ。ほら見て見て、私書いてきたんだから」
 アスカは天才のくせに察しの悪い小谷に計画メモを差し出した。
「えーなになに? 甲河アスカのパワーアップのために。その1、加速装置?」
「ほらよくあるじゃない、奥歯のスイッチをカチッと入れると、いきなりマッハで動けるとかそういうの」
「アニメの見過ぎだよ。だいたい君にはアクセルモードがあるじゃないか。通常の1000倍の早さで動けるんだ。マッハどころの話じゃない」
「だってあれ不便なんだもん、5秒しかもたないし、一度使ったら後でオーバーホールだし、もっとこう手軽に超加速を使えるようにならないの? 加速装置! ピキーンっ感じで」
「無理だね。だいたいあれはアンドロイドアーム&レッグの機能で実行しているというよりは、基本は君の対魔粒子による力技だからね。君の並外れた濃度の対魔粒子をチャージ、そして一気に解放することで、手足を限界以上の超高速で動かし、かつ奇跡的に破壊せずに済ませていると言った方が正確かな。だから君以外は一人だってまともにやれていない。ほんの数倍の加速でもメカニズムが耐えられずにバラバラに吹っ飛ぶ有様だ。全身サイボーグですらそうだ。君は正体不明の対魔粒子の力で本来なら不可能なことをなぜか実現していると理解して欲しいね」
「長い」
 駄目な理由をまくし立てられアスカは眉をひそめたが、小谷はどうも乗ってきてしまったようで気にせず続ける。
「それから、その2の対魔超粒子砲のピストルモードの搭載とかいうの。あのねえ」
 それは大人のゆきがぜが銃も使わずに高精度の雷撃を撃ちまくっているのを見て書いてみたのだが、
「はいはい、それもまだ私しか撃てない正体不明のビームだっていうんでしょ。そんなの分かってるわよ。それももうちょっと便利に使えないかなって思ったの。くどくど言わなくていいから」
 アスカはむくれたが、小谷はやっぱり少しも構わずにペンをクルクル回しながら続けた。
「そうだなあ、アクセルモードにしろ対魔超粒子砲にしろ、アスカが今よりも高い精度で対魔粒子の制御ができたら、もう少しコントロールできるかもね」
「高い精度ってどれくらい?」
「今、君は四段階くらいで対魔粒子の出力制御をしているだろ? 手加減、本気、ちょっと気合いを入れる、フルパワーくらいで」
「まあそんなもんじゃない?」
「それを100段階くらい、せめて50段階くらいで制御してくれればね。もちろん君の気分とかに関係なく、常に正確な出力になるようにね」
「そんなの無理に決まってるでしょ。私これでも人間なんだから」
「そうなんだよなあ。君は人間なんだよなあ。対魔粒子のことも含めて、そこがロボットとは違う君の驚異的な強さの理由なんだが、君が人間であるばかりに出来ることと出来ないことがあるんだよなあ。ただこのフルアーマー化ってのは面白いな。でもこれならむしろアスカ自体を中枢ユニットと見做して、より大型の武装と装甲を強化した拡張ユニットを、いやそうすると肉体と機械のマッチングが難しいな、そこは――」
 小谷はぶつぶつと一人で喋り始めた。どうやら自分の世界に入ってしまったようだ。
 ここに奥さんがいたら「こうなると話にならないからほっときましょう」と言うところだ。
「またなんかあったら来るわ。ありがと」
 アスカは諦めて小谷に背を向けた。

 

 次にアスカが捕まえたのは喫茶室にいたドナ・バロウズだった。
 彼女はDSOの所属ではなく、米連特殊部隊の兵士だが、右腕のアンドロイドアームが元はアスカの予備パーツだったものなので、メンテナンスやらなにやらでよく本部にやってくる。
 右腕を機械化した影響で味覚が変わってしまい、やたらと辛い物とか甘い物とか苦い物とかちょっと言葉にできないような変な味の物を好むようになったのだが、ここの喫茶室のチョコレートケーキは普通に美味しいらしく、むしろそれが来る目的という気がする。今日も一人で三つも頼んでいた。太るぞ。
「でね、小谷っちに手足のパワーアップができないか相談してみたんだけど、なんか難しいとか言われちゃってさ」
 アスカは苺のミルフィーユにフォークを突き刺しながら言った。クリームとパイの層が崩れないように丁寧に。実はさっさと横に倒してしまうのが正しいらしいが、見た目に綺麗じゃないのでやらない。戦闘用のアンドロイドアームはこういう精密動作が苦手だけれど……うん、うまくできた。美味しい。
「特訓をしたらどうだ? 手足をもっと上手く使えるようになれば戦闘力の底上げになるぞ」
 ドナが言った。生真面目な彼女らしい堅実な意見だ。
「って言ってもね、私、米連の全アンドロイドのなかで生身と機械のマッチングが最高なのよね。まあ自慢なんだけど。駆動速度は余裕で理論値以上だし、脳が手足に命令してから実際に動き始めるまでの反応速度とか生身の人間以上なんだから」
「そうなのか。さすがだな」
「まあねー」
 素直に感心するドナにアスカは鼻高々でミルフィーユのイチゴをパクリとやった。
 手足の関節の可動摩擦面に微小の風遁を施すことで抵抗を減らし、滑らかな動きを実現するアスカならではの技だ。小谷は対魔粒子の制御が雑みたいなことを言っていたがそんなことはない。もちろん今も普通に行っている。
「だてに“鋼鉄の対魔忍”は名乗ってないってこと。だからそっちの方のパワーアップはできないことはないけどって感じね」
「新必殺技を作れば?」
 後ろから別の声がした。
 アンジェだ。さっきそこに座ったのは気づいていたが、こっちの会話に参加する気になったらしい。唐突な入り方はいつものことなので気にしない。
 和菓子好きな彼女らしく、目の前にはお団子が置かれていた。あんこにみたらしに磯辺。どれも美味しそうだ。
「新必殺技か。いいわね。それなら特訓のしがいもあるし。アンジェ、付き合ってよ。暇だったらドナも」
「いいよ」
「私も今日は用事がすんだから付き合おう。お前たちとの訓練は私のためにもなる」
「ありがとっ。 すいませーん、ここお団子追加でー」
 アスカはウエイトレスに向かって片手を上げた。


「やあ、テンタクルストーム」
 お馴染みの気の抜けるようなアンジェの声と共に、それとは全く裏腹のストーム、嵐のような触手の乱打が襲ってきた。
「はあああっ!」
 アスカは風を纏わせた左右のブレードでそれを次々と弾いていく。
 アンジェの触手は機械とは思えないほど滑らかな動きをし、彼女の捉え所のない性格を反映しているかのように、思わぬ場所から突然切り込んでくる。
 アスカと言えども無数の触手を捌くのに手一杯で、その場に釘付けにされる。
 そうやって彼女を足止めし、アンジェの後ろにいたドナが急速に迫ってくる。アンジェをブラインドにして奇襲するつもりだ。
 右? 左? それとも上?
 意外! それは下っ!
「なんて思うわけないでしょ!」
 ひょいとジャンプしたアンジェの足元からドナがスライディングしてきたが、アスカはそれを読んでいた。
「いけえっ!」
 風を使った跳躍でグラビティの薙ぎ払うような一撃をひらりと躱し、頭上から真空刃をぶちかます
「しまった」
「大丈夫」
 アンジェは体勢を崩したドナにさっと触手を伸ばすと、それを細かく振動させて空気の障壁を作り出し、ドナを真空刃から守っている。
 さすが。でもそれも計算のうち。分かるわよね、アンジェ?
「あっ」
 気づいたようだ。まずいという顔になるがもう遅い。
 アスカは風を操って二人の背後に軽やかに降り立つと、アンドロイドアームをきりりと構えた。
 後は滅殺マシンガンでも皆殺しミサイルでも撃ち放題、二人に躱す術はない。
「はい、私の勝ちー!」
「やられた」
「2対1を逆手に取られたな」
 ニッコリ笑うアスカに、アンジェはいつもの淡々とした顔に戻って、ドナは感歎した様子で白旗を上げた。
 三人がいるのは、本部の外にある演習場だ。おやつの後、アスカが二人をここに連れてきた。
 シミュレーションルームの横にある室内演出場でも良かったのだが、さっき行ったばかりだし、外で身体を動かしたかったのだ。
 屋外演習場といっても特にこれといった施設があるわけではない。
 アスカがマシンガンをぶっ放したり、ミサイルを飛ばしたり、竜巻を起こしても周囲に被害がでないくらいのだだっ広い空き地だ。
 室内演習場と違って、立体映像とドローンを組み合わせて各種戦闘環境を再現するようなことは出来ないが、実際に外で試してみないと分からないことも多い。
 それ以前に外で身体を動かすのはやっぱり気持ちがいい。
「ん~~~いい天気」
 アスカはアンドロイドアームを大きく上げて伸びをした。
 冬の空気は肌寒いが澄み切っていて、水色の絵の具を一面に流したような青空が広がっている。
「こういう日は動きがいい」
 アンジェが出しっぱなしにしていた触手をシュルシュルとくねらせて背中にしまった。確かにいつもより攻撃に切れがあった。
「私は寒い日は苦手だ」
 ドナが言った。
「やっぱ右腕の動きがちょっと悪くなったりする?」
「それもあるがグラビティの重力核の反応が鈍くなる。寒いのが嫌いなようだ」
「へーそうなんだ」
 それは初めて聞いた。
 アスカはドナの重力制御兵器グラビティを覗き込んだ。
 今の言い様はグラビティがまるで意思を持っているかのようだったが、それもそのはず重力核は重力を操るとある魔族の身体の一部だ。グラビティはその重力核を拘束具で封じ込めただけの代物で、本体には制御装置すらついていない。
 ならどうやって力を制御しているかというと、ドナがアンドロイドアームで無理やり操っているという思い切り力技だ。
 アスカも試させてもらったことがあるが、重力核がうまく反応しなかった。使い手の影響も受けるらしい。事実上、彼女専用だ。
「必殺技の開発に協力する話だったが、普通に訓練をしてしまったな」
 ドナが今さら思い出したように言う。アスカは笑った。
「いいじゃない。そんな必殺技なんてすぐにできるわけないし、私もムシャクシャしてて身体動かしたかったし、ちょっとすっきりした、ありがと」
「ならいいが、いったい誰を相手にしようとしていたんだ? 新必殺技などと言うからには相当な相手だろう?」
「それは私も知りたい」
 二人は興味津々に聞いてくる。まあ無理もない。あんまり話したくはないのだが。
「誰かは機密だから言えないんだけど、生身のくせに私と同じレベルで動けて、離れても近づいても自在に戦えて、対魔超粒子砲に匹敵する大技も持ってて、装備の基本スペックは私よりずっと上で……はあ、そうね、言いたかないけど私より余裕で強い女。手加減されて捻られたわ」
 投げやりに言うアスカに二人とも驚きを隠さない。
「すごい」
「にわかには信じ難いな」
「でしょ? やんなっちゃうわよね」
 こないだの負けっぷりを思い出し、アスカは肩をすくめた。


「パワーアップ?」
 アスカは最後に行ったのはDSO日本支部の長、仮面のマダムの所だった。
 アスカ以外にただ一人、大人のゆきかぜの実力を肌で知っている人物だ。
 本来なら一番最初に相談すべき相手だが、なんとなく話の展開が予想できたので躊躇っていたのだ。
「ほら、こないだあの大人のゆきかぜがやって来たとき、私ちょっと不覚を取ったじゃない?」
「手玉にとられてたわね」
「そこまで酷くないわよ。ちょっと油断しただけ。ふうまたちの知り合いの未来の姿とか聞かされちゃ、さすがの私もちょっと本気になれないし」
「まあ、そういうことにしておきましょうか。それで?」
「でね、あいつがまたこの時代に来るか分かんないけど、やっぱりやられっぱなしってのは悔しいし、ちょっとパワーアップとかしたいなあって」
「それは感心ね」
 マダムは腕組みして先を促す。なんだかお説教されているような気分になってくる。
「んで、さっき小谷っちに相談したんだけど、手足の大幅な機能強化とかは難しいって言うし、新必殺技なんかもすぐにはできないじゃない? で、どうしたらいいかなってマダムに聞きにきたんだけど……やっぱいい、やめとく」
 仮面の下でマダムの顔が呆れていくのが分かって、アスカはくるりと踵を返した。きっとこれはお説教モードだ。
「待ちなさい、アスカ」
「……!」
 声が怖い。
 日本支部の長としではなく、小さい頃からのお目付役としての声だ。アスカは首をすくめて振り返った。
「本当は自分でも敗因に気づいてるわよね?」
「えーっと、やっぱ相手は未来人だから基本的な技術レベルで負けてる的な?」
 アスカは人差し指をピンと立てて笑顔で誤魔化そうとしたが、マダムはふうと溜息を吐いた。
「それがないとは言わないけれど、なによりもあなたの心の問題ね」
「あーー」
「またかって顔しないの。心技体っていうでしょ? あなたは技も体も優秀なのにいつも心が欠けてるの。いい? この際だから言うけど――」
 マダムの長い長いお小言が始まった。


「でさあ、座禅とか言って古臭い山寺に十日も修行に行かされちゃった。もうやってらんないわ」
「その愚痴を言いにきたのか?」
「はあ? 何言ってんのよ。ふうまが私になにしに来たとか聞くから、今までの経緯を話してやったんじゃない」
「その割には長かったな」
「長うございましたな」
 ふうまとその御庭番の対魔忍ライブラリーが二人揃って疲れたような声を出した。なんで?
 ここは五車町、ふうまの家、その庭先だ。
 マダムの命令で山寺に籠らされた後、結局なんの悟りも得られなかったアスカは、やはり大人ゆきかぜを一番よく知っていそうなふうまを尋ねたのだった。
 二人はちょうど庭で稽古をしていたので、縁側でお茶しながらこれまでの話をしていたところだ。
 出されたお菓子は“もろこし”という干菓子。秋田銘菓だそうだ。硬いのに口の中でサラサラと溶けて緑茶によく合う。
「まあ、経緯は十二分に分かったが、それで俺にどうしろというんだ?」
 ふうまは面倒くさそうに聞いてきた。それを隠そうともしないのが癪にさわる。
「なんかパワーアップのいいアイデアはないかなって。やっぱ未来人なんて非常識なのを相手にするには普通とはちょっと違う発想がいる気がするのよ。そういうの得意でしょ?」
「いきなりそんな格好で来て得意でしょとか言われてもな」
 ふうまは戦闘用の手足をつけてきたアスカを見てぼやいた。
 だけど、人から物を頼まれて嫌とは言えないお人好しなのは分かっている。そういう話が嫌いじゃないのも。なによりアスカが直接訪ねてきたのだ。断れるわけがない。ふうまはちょっと考えて口を開いた。
「そうだな、お前が言ってた使いやすいアクセルモードとか対魔超粒子砲ってアイデアは悪くない。必殺の一撃は一撃として、よりコンパクトに使いたいってのはよく分かる。武器はそうやって発展してきたんだしな」
「でしょでしょ? 偉い人にはそれが分からんのですよ」
「アニメの見過ぎだ」
「あ、ばれた?」
 元ネタを分かってくれたふうまにアスカはおどけたように笑った。
「だってメンテのときとか暇だし。何時間とか下手すると半日くらい動けないんだもん」
「どんなの見てんだ?」
「どんなのって、最近ハマってるのは……サイボーグ009
「ぶはははははは、それで加速装置か、影響受けすぎだろ」
 さすがにちょっと恥ずかしくてゴニョゴニョと言ったら、ふうまのやつ爆笑した。
「そ、そんなに笑わなくたっていいでしょ」
「ちなみに誰推しだ? やっぱ009か? いや違うな。004だろ? 全身武器なあたりが誰かさんとそっくりだしな」
「わ、悪い!」
 ズバリ指摘され、アスカは赤面した。そしたら、そばに控えていたライブラリーまで軽く吹き出した。
「あーー笑った。自分もサイボーグのくせして笑った!」
「……いや、これは失礼いたしました」
 などと謝りながら俯いてプルプル肩を震わせている。もう。
「いやまあ、サイボーグとか存在自体がアニメだけどな」
「余計なお世話」
「お前、パンチとか飛ばさないのか? 定番だろう?」
 ふうまは飛ばせ鉄拳のポーズを取った。もう真面目にやる気がないらしい。しょうがないから馬鹿話に付き合ってやる。
「あれ試したことあるけど意外と使いにくいわよ」
「あるのかよ」
「ま、一応ね。けど腕のロケットだけで飛ばすには反動もきついし初速も足りないし、全身で踏み込んで打てばやれなくもないんだけど、結局それで出るのがパンチだけでしょ? だいたい私、普通に飛び道具持ってるし、風神の術も使えるしさ」
「ルストハリケーンな」
「ルストはないわよ。強酸の風とか面白いけど使いにくそうだし」
 アスカは溜息を吐いた。さっきからアニメの話しかしていない。
「あのさ、ちょっとは真面目に考えてくんない? わざわざ来たんだから」
「悪い悪い」
 ふうまは一応謝ってから、この前の戦いを思い出しているのか、視線をつと上に向けた。
「しかしなあ、装備でも技量でも経験でも負けてたしなあ。しかもあっちは手加減してたし、少々のパワーアップでこれをひっくり返すのは難しいんじゃないか、真面目な話」
「はっきり言ってくれるわね」
 アスカはブスッとした。
 悔しいがこの男の目は確かだ。だからこそ尋ねてきたのだが、そう言われて嬉しくはない。
「いっそ逸刀流でも学んだらどうだ?」
「マダムに聞いたけど免許皆伝クラスだってさ。追いつくまでどんだけかかるのって話よ」
「ライブラリー、なんかいいアドバイスとかないか?」
 ふうまは経験豊富な御庭番を見やった。さっき笑った彼はしごく真面目な口調で、
「アスカ殿、彼を知り己を知れば百戦殆うからずと申します。徒に対決しようとはせず、まずは相手を良く知り、勝てそうであれば戦い、そうでなければ戦わぬことをお考えになるのが肝要かと」
「でも自分より強くて逃げられない相手だっているじゃない? おじさんもそういうことあったでしょ?」
「もちろん何度も御座いました。そのような時こそ生き残ることを第一に考え、今に至っております。それが忍びの務めかと」
 特に力を込めているわけでもないが、その言葉にはベテラン対魔忍の自負と、それでも生き残れないことはあるという覚悟を感じさせた。ふうまも何か思うところがあるのか頷いている。
「めちゃくちゃ普通ね。まあ結局それが正しいんだろうけど」
「恐れ入ります」
「と結論が出たところで、少し稽古でもしていったらどうだ? 手ぶらで帰るのもあれだしな。ライブラリー、ちょっとアスカの相手をしてやってくれるか?」
「かしこまりました」
「やっぱりあんた真面目に考える気ないでしょ? しかも部下に丸投げとか」
 文句を言いつつも、アスカは縁側から中庭に降りた。
 ふうまの御庭番、対魔忍ライブラリー。教えてくれないが、その正体は知っている。先代当主ふうま弾正の腹心だった佐郷文庫だ。
 ふうま一族の反乱がらみで色々あって、つい最近まで特務機関Gに所属していた。
 そしてやっぱり色々あって、今は五車町の最新サイボーグ、対魔忍ライブラリーとしてかつての主人の息子に支えている。
 DSOとGとはなにかと対立しているが、幸か不幸かG時代の彼と直接やり合ったことはない。お互い噂だけは聞いていると言ったところだろう。
 その対魔忍ライブラリーはごく自然な佇まいでアスカの向かいに立っていた。その立ち姿になんとも言えない風格がある。
 見ただけで分かる。強い。
 こういう雰囲気を出せるのはアスカの知り合いで言ったらマダム、井河アサギ、こないだの大人ゆきかぜからも感じた。
「ひとんちであんまり派手なことはしたくないし、飛び道具はなしってことでどう?」
「ご随意に」
 アスカが構えると、ライブラリーも半身になって両手をすっと上げた。そのままピタリと静止する。
 光沢のほとんどない黒鉄色の身体は最初からそのように作られた彫像のようだ。
 二人ともまだ武器は出していない。まずは素手で。といってもアスカの鉄拳はコンクリート隔壁くらい簡単に粉砕する。きっと向こうも同じだろう。
 拳を握ったアスカに対して、ライブラリーはそれを受けとめようとするかのように掌を軽く開いていた。
 隙がない上に、いつでもお好きにどうぞという感じだ。そっちがそのつもりなら、
「はっ!」
 アスカは迷わず自分から踏み込んで左右のワンツー。パンパンと軽やかに払われる。
 まあこれが当たったら話にならない。けれど四肢の駆動は相当に滑らかだ。
 動きを止めずに、そのまま左のロー。お手本通りに膝を上げてガードされた。お手本通りと言っても、そこらのサイボーグなら抑えきれずに足が砕けているところだ。
 アスカはそのまま踏み込んで、ボデイに右の肘。それも柔らかく止められた。でも予想通り。肘から上を跳ね上げて裏拳を顔面に――と思ったら、いつの間にかその腕を決められそうになっている。やばい。
「っとお!」
 アスカはその手を外す方向に側転して逃れる。回ったついでに蹴りで頭を狙ったが、ライブラリーはサッと身を引いて躱した。
 と思ったのも束の間、アスカが体勢を整えようとするタイミングで死角から踏み込んできた。
 右の直突き。疾い。
「やばっ!」
 アスカは斜め後方へと飛んで逃れた。ライブラリーは追撃のために自分も跳躍しようとしている。
 かかった。
「たあっっ!!」
 アスカは足裏に風の壁を作り、それを蹴飛ばして、反転の急降下キック。
「むっ!」
 ライブラリーは素早く腰を落とし、それを十字ブロックで受け止めた。
 鋼鉄の体同士がぶつかり合う重苦しい音が響く。ライブラリーの身体がググッと深く沈んだが、惜しい。うまく威力を殺された。
 アスカは妙なことをされないうちに、相手を踏み台にして後方にジャンプ。距離をとって構え直す。
 ここまでが最初の攻防だ。
「おじさんやるわねー。ボディのバランスはいいし、なによりおじさん自身が超達人って感じね」
「恐れ入ります。アスカ殿もさすがですな」
「だてに“鋼鉄の対魔忍”は名乗ってないし。じゃ第二ラウンド。私について来れる?」
 アスカはボディの光学迷彩を作動させた。その身体がすーっと周囲の光景に溶け込んでいく。
「しからば」
 ライブラリーは慌てず騒がす自分も姿を消した。
 アスカの光学迷彩とは消え方が違う。多分、身体を結晶化させるかして、光を素通りさせている。忍法だ。
 見えなくなったのはお互い様。
 それに相手の動きが捉えれられなくなったわけじゃない。
 アスカは風を読む。
 身体が動くときの僅かな空気の震え、そして常人には聞こえないほどの音が相手の位置を、動きを正確に教えてくれる。
 ほらきた。左から踏み込んできて右の拳。疾い。左手で弾いて、こっちもボディに右。ガードされた。
 ってことは、どういう手段か分からないが、あっちも“見え”てる。そうなくっちゃ。
 試しに右に左に素早くステップして、見えてるならのジャブをフェイントで入れてからの足払い。ほらちゃんと避けられた。やる。
 っと感心してる場合じゃない。今度は向こうからの攻撃。
 左、右と矢のような突き。続いて対角の左下から抉り込むようなフックが来る。どれもこれも早くて重い。もちろんこっちだって全部防ぐ。最後の右膝は左膝で受け、その反動を使って距離をとる。ふふん、どうよ。
「二人とも見えない同士でバシバシやってるのはアニメみたいだが、俺は何も分からないぞ」
 ふうまが呑気そうに言った。まだアニメがどうとか言ってる。あのバカ。
「お館様はああ言ってるけど?」
「確かにお互いに見えているのと変わりなければ姿を消す意味がありませんな」
「まあねっ!」
 別にふうまに見せるためという訳ではないが、アスカとライブラリーは正面からガシンとぶつかり合い、お互いに手を組んだ状態で姿を現した。プロレスで言う手四つ、力比べの体勢だ。
 アスカのアンドロイドアーム&レッグと、ライブラリーのフルアンドロイドボディがミシミシと軋んだ音を立てる。
「パワーも互角のようですな」
「って思ったなら甘いわ、おじさん!」
 アスカは力比べを拮抗させたまま、さらに両手両足のパワーバランスを超高速で変化させた。
「むっ」
 ライブラリーが僅かに唸る。
 彼女の四肢の駆動速度にボディがついてこれない。重心がぐらりと崩れる。いける。
「やあっ!」
 アスカは柔道で言うところの隅落とし、別名空気投げの要領でライブラリーを捻り投げた。
 つもりだったが、その身体が綿のように軽い。自分から飛んでわざと投げられている。ミスしたときのフォローが早い。
 アスカは追撃を加えようとしたが、地面に手をついたライブラリーの身体がぶうんと旋回し、カポエイラのような蹴りで彼女を牽制しながら、その動きで素早く身を起こしている。
「ふうまの古武術がベースかと思ったら、そんなダイナミックな動きもできるんだ。ほんとやるわね。でもボデイの制御にかけちゃ私の方が一枚上みたいね」
「感服しました」
「まあねー」
 アスカは自慢げに言ったが、内心では戦々恐々としていた。
 まっずいわね。
 この“感じ”、マダムや大人ゆきかぜとやったときとよく似てる。
 なんかこっちの動きが読まれてるっぽい。先手をとってもそれで防がれちゃう。そんな分かりやすい動きしてないんだけど。キャリアの差かあ。
 身体の制御はまだ私の方が上みたいだし、思い切って組んでみたんだけど、今の投げで決められなかったのは痛いなあ。さあてどうしよう。
 アスカにしては珍しく次の攻め手に迷っていると、ライブラリーの背中側にいるふうまがアスカに視線を送ってきていた。
 え? なに?
 その手が細かく動いている。ふうまが部隊を指揮するために使っているハンドサインだ。この前の一件でも見せていた。
 その時は読み方が分からなかったが、ふうまが大人ゆきかぜに「忘れてないだろうな?」と聞いて、彼女が「忘れるわけないでしょ」と言った顔がものすごく嬉しそうで可愛くて、「あ、いいな、羨ましい」と思って、もちろんそんなこと言わなかったけど、後で教えてもらったのだ。
 それはともかく、私に味方してくれるんだ。で、作戦は――ふうん、面白そうじゃない。
「ふうま! 飛び道具はなしって言ったけど、家とか壊さなかったら別にいいわよね!」
「おいちょっと待て! 何するつもりだ!」
「すぐに分かるわ!」
 アスカは両手からブレードを出し、さらに風の力で宙に舞った。
 ライブラリーも腕のブレードを出し、上空からの攻撃に備える。
「それでどうなさいます?」
「こうするのよ、陣刃!」
 ブレードを勢いよく振り下ろす。圧縮した風の刃を上から叩きつける。
「ふむ」
 ライブラリーのブレードが一閃した。見えない刃が両断される。風が割れるときのボシュっという奇妙な音が響き渡る。
「一発でダメなら、陣刃乱舞!!」
 アスカは二発、三発と立て続けに陣刃を繰り出した。
 ライブラリーはそれらを全て捌いていく。逃げようと思えば逃げられるだろうが、そうすると庭が傷ついてしまう。御庭番としてそれはないと踏んだ。
 案の定、その場に止まってアスカの陣刃を一つ一つ切り捨てている。飛び散った風で地面に幾つもの亀裂が走ったが、家屋はもちろん植木などは無事だ。流れ弾が飛んで行かないようにちゃんと気を遣っている。これも予想通りだ。
「急に攻撃が雑になりましたな」
「もうチマチマやりあうのが面倒になったの! でやああ!」
 アスカは一際大きな陣刃をぶちかまし、それを防ぐために身動きが取れなくなったライブラリーに急降下攻撃を仕掛けた。
「甘い!」
 ライブラリーの気がぐんと膨れ上がった。
 赤熱したブレードで風の大刃を両断し、アスカの蹴りを寸前で躱して、カウンターを決める。
 つもりだったのだろう。分かる。でもさせない。
「む!?」
 ライブラリーが足を取られていた。いや、取られたというほどじゃない。本来の動きよりほんの少しだけ遅くなった。
 理由は風だ。
 アスカが上からばら撒いて、全部切られた風の残りが練達の足捌きをこっそり邪魔したのだ。
「風神・空裂嵐!」
 虚をつかれたライブラリーにアスカの旋風蹴りが炸裂する。
 さすがに直撃は防いだものの、さっきと違ってその威力を殺しきれず、ライブラリーはたたらを踏んだ。その喉元にブレードを突きつける。
「勝負ありね」
「参りました」
「やったあ」
 ガッツポーズをするアスカにふうまがいきなり文句を言う。
「お前やりすぎた。庭がえらいことになってるぞ」
 確かに最後の大陣刃と空裂嵐の余波で地面のあちこちが抉れている。庭木もちょっと折れたりしていた。
 あ、まずいかなーと思ったアスカだったが、ここは腕組みして強く出る。そもそも、
「ふうまがああしろって指示したんじゃない。わざと風を防がせてこっそり足止めしろって。技の廃物利用とかセコいやり口がいかにもふうまね。でもちょっと参考になったわ、ありがと」
「ここまでやれとは言ってない。すまん、ライブラリー。庭を直すのは手伝う。もちろんアスカもだ」
「えーー、私もやるの?」
「当たり前だ」
 結局、アスカはそれから数時間、ふうまと二人、庭の修復を手伝う羽目になったのだった。


「よし、これでだいたい元通りっと」
 アスカは手足についた土埃をパンパンと払って庭を見渡した。
 ごっそり抉れていた地面を元に戻し、折れていた庭木を専用の接着剤でくっつけたり結んだりと、その修繕の後は残っているが、ぱっと見は元通りだ。
「まあ、こんなもんだな」
 ふうまがとんとんと腰を叩いていた。年寄り臭い。でも一人だけ生身だから多分一番疲れている。ちょっと悪いことしたなあと思いつつ、アスカは彼でなくお庭番に言った。
「ライブラリーのおじさん、ごめんなさい。今度はやるときはもっと広いとこでね」
「それがいいようですな。お二人ともお疲れ様でございました。ご協力に感謝いたします」
「じゃあ私、帰るわ。ふうま、今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかった」
「なんだ。飯くらい食っていけよ。腹減ったろ」
「ありがと。でもやめとく。手足汚れちゃったからちゃんと洗いたいし」
「そうか、またな」
「またお越しくださいませ」
「うん、じゃあね! とおっ!」
 アスカは風神の術を使って浮かび上がり、そのままびゅーんと飛び去って行った。
 颯爽と言えば聞こえはいいが、大胆すぎる帰還にふうまが呆れた声を出す。
「せめて歩いて帰れよな」
「あれでは002ですな」
 ライブラリーが真面目な顔で言う。
「実は結構好き?」
「私にも少年時代はございましたから」
「ごもっとも。ところでさっきの模擬戦、ひょっとして俺たちの作戦に気付いてたんじゃないか?」
「お館様同様、未来ある若人を導くのは年長者の務めにございますれば」
「ライブラリーには叶わないな」
 一礼する御庭番にふうまは苦笑し、アスカが飛んでいった夕焼け空を見上げた。

 

(了)

 

 

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【制作後記】

 本作は“鋼鉄の対魔忍”こと甲河アスカのショートストーリーで、大人ゆきかぜをヒロインにした『雷神の対魔忍』の後日談になっている。

 彼女の初出は、私がメインシナリオを担当したゲーム『対魔忍アサギ3』からで、マッハパンチに風神ブレード、滅殺マシンガンに皆殺しミサイル、そして必殺のアクセルモードに対魔超粒子砲と戦闘は一人で全部こなし、光学迷彩で隠密行動もお手の物、ジェットスクランダーもなしに空を飛ぶというスーパーガールで、ゲームではアスカルートの主人公もつとめている。

 ただ、その一人で何でもできるキャラが災いしてか、作中では単独任務についていることが多く、チームプレイが基本の対魔忍RPGでは今ひとつ出番がない。出てもちょい役で、イベント新キャラのサポートに回ることが多い。

 彼女視点のイベントとなった『降ったと思えば土砂降り』でも、プライベート用の武装のない手足をつけて能力を制限している。それでも竜巻とか普通に起こすのだが。

 そんな彼女が『雷神の対魔忍』では大人ゆきかぜに負けるという珍しい展開になった。せっかくなのでその後日談を作ってみた。

 むろん、非公式であり、アクセルモードや対魔超粒子砲の設定その他は適当である。本編と違っていても勘弁して貰いたい。

 2021年はその本編の方でもアスカが活躍することを期待している。

 

対魔忍RPG 『二人の魔界騎士』 制作雑感

メインクエスト31章『二人の魔界騎士』はタイトル通り、魔界騎士のリーナとイングリッドにスポットをあてたイベントだ。
リーナを主人公として、今まで語られてこなかった彼女の過去、特に尊敬するイングリッドとの関わりを描いている。
いずれどこかでやりたい話だったので、オフィシャルで担当することができて嬉しい。

 

リーナとイングリッド 、二人の運命的な出会い。それは忘れもしない――おっと焦りすぎだ。まずはリーナの日常からお話は始まる。
これまで私は、『降ったと思えば土砂降り』において、リーナのプライベートでの謎の行動を描いたことがあり、また『魔界騎士と次元の悪魔』では、ヨミハラ全土を揺るがした危機に敢然とブロマイドを差し出すリーナを描いたこともある。

その一方で、普段あの子がヨミハラで何をしているかはまだちゃんと書いていなかった。

ただ、他のイベントなどにちょくちょく出没しては、治安維持のために頑張ったり勘違いしたりずっこけたりしているので、導入としてその仕事ぶりを少し丁寧に見せることにした。

それを通してリーナとヨミハラの住人たちとの関係も描こうという目論みだ。

 

最初に出てくるのは凄腕オーク傭兵のアルフォンス。彼ももうお馴染みだ。
リーナとも知り合いで、他の傭兵にもイングリッドとは少し意味合いが違うが、魔界騎士としてしっかり恐れられている。

以前、アスタロトにあっさりやられたりしているリーナだが、あれは『ファイブスター物語』の一巻でデコースくんが神様トリオにボコられたようなもので、獄炎の女王を相手にしてドリフの爆発オチで済んでいる時点で相当の強者のはずだ。

 

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この変な歌はノマド節。

大正時代に流行した『東京節』またの名を『パイノパイノパイ』の替え歌だ。

トロールのラップも考えたのだが、なにか違う気がしたのでこちらにした。

ちょっと前にはアニメ『大正野球娘。』の中で歌われていたし、昔からロッテのパイの実のCMでやはり替え歌として使われているので、耳にしたことがある人もいるはずだ。

パイノパイノパイは別にオッパイのことではなく、原曲からあるフレーズで、単なる囃子言葉らしく意味はないようだ。ただリーナも脱いだらすごいので、オッパイのことだと考えても差し支えはない。自分で歌うのはどうかと思うが。

一応、ちゃんと歌えるようになっているので、YouTubeから原曲を張っておく。元の歌詞にある「すし、おこし、牛、天ぷら、スリに、乞食に、カッパライ」とカオスな大正時代の東京がヨミハラを思わせなくもない。

 


東京節(パイノパイノパイ)

 

一曲歌い終えると、街中で起こっている喧嘩を発見する。

ここのトラブルはなんでも良かったのだが、まずはドンパチ以外のことにしたかったのと、まだイベントに登場していないキャラを出したかったので、設定ではヨミハラにある中華料理屋の看板娘、陳春桃(チンシュンタオ)が店先で揉めていることにした。
中華は火が命なので、喧嘩の相手は火の用心のためになにかと登場している炎王にお願いした。ヨミハラの安全のため、いつも前のめりで頑張っているという点ではリーナの仲間だ。

 

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その後に出てくるメルシーケイリーナーサラとの絡みは、先に実施された『ある日のヨミハラ 』の内容を受けたものになっている。
あちらは私の担当ではないが、公開時期が近かったので、その後の話ということで取り入れている。
特にケイリーはリーナに傘を貸してもらったというとても良いエピソードであり、それをわざわざ返しにくることでケイリーのキャラも見せられる。アスカという共通の知り合いもいるので話も膨らませやすい。出さない手はない。
『ある日のヨミハラ』では、ケイリーの戦う場面がなかっことだし、せっかくなので飛び入りで戦闘に参加させた。
エレクトリックパンチというストレートすぎるネーミングはアスカ譲りのセンスだろう。感電パンチとかいって、上りと下りがありそうな必殺技を使わないだけマシだ。
そのアスカが持っている対魔忍の男の子の写真とは言うまでもなくふうま君だ。
『怒れる猫と水着のお姉さま』の時と同じく、またしても本人のいないところでふうま君への好意をバラされている。前回の記事でいずれ埋め合わせをと書いたそばからやってしまった。アスカごめん。そのうちな。

 

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そんな感じでパトロールを無事に終えてノマド基地に帰還すると、イングリッドのところにドロレスが来ている。
彼女は『ヨミハラ大納涼祭』以来の登場なので、その時に二人で撮ったイングリッド の写真で盛り上がってもらった。
また出てきたリーナお手製のブロマイド、さらには部屋の大パネルと、さすがの最強の魔界騎士ももう諦めている。
このへんのくだりは書いてて楽しかったが、もちろんこれは繋ぎのワンクッションで、イングリッド組のブレーンのエレーナが飛び込んできて事態は急変する。

ヒュドラの出現だ。

 

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今回の話のメインとなる二人の過去とは別に、現在の方でもヒュドラが出ました、倒しましたではあんまりなので、リーナにとって因縁の相手ということにしている。
憧れのイングリッドと共に最初に戦った相手、しかも己の未熟さのために倒すことができなかった相手だ。そりゃ焦りもする。
画面ではいつもと同じ桜嵐舞闘のドヤ顔をしているが、いつもとは別人のような険しい顔をしているのである。そこは心の目で見てもらいたい。

 

そんなこんなで、リーナが焦って自分の身を傷つけてしまったところから過去シーンへと入っていく。
ここはイングリッドとの出会い、修行時代、再会と三部構成になっている。
書こうと思えばいくらでも書けるが、あまり盛り込むとバランスが悪くなるので、今回は「魔界騎士に私はなる!」というテーマに絞っている。

導入はイングリッドと出会う前、リーナが雑種と呼ばれて蔑まれていた頃からだ。
何気に重い設定だ。この子、設定だけなら普通に主人公をやれる。
実はかつての英雄の子だったとか、すごい隠し能力があったとかでもないので、主人公は主人公でも一昔前のタイプだ。
こういう子の成長譚には敬愛する師匠との別れが鉄板なのだが、それを考えると悲しくなってしまうのでやめておこう。

 

ともかく、リーナが貴族のお屋敷でこき使われていて、意地悪なお嬢様の相手をさせられている境遇にするとして、そのお嬢様をどうしようか迷っていた。
ビジュアル的にはもちろん立ち絵が欲しい。しかし悪役だし、ここ一回の回想のために新キャラを作ってもらうのも気が引ける。
誰かいい人いないかなあと、今までのキャラを端から見ていったら、ぴったりなのがいた。
セルヴィア・ローザマリーだ。
その頃はまだ実装されていなかったが、元名門貴族のお嬢様で、下級貴族の反乱によって家が滅び、一人だけ生き残ってお家再興のために頑張っている努力家。しかもリーナの苦手な犬を連れている。ちゃんと絵にも犬がいる。

素晴らしい。まさにリーナの過去のために作られたようなキャラだ。

 

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セルヴィアが貴族のお嬢様でいられた頃、リーナに色々やっていたことにしよう。
ネームドキャラなので、ただの意地悪なお嬢様というのはやめて、リーナのことを馬鹿にしつつも、内心ちょっと気にしていて、家に転がっていた風の魔剣を与えたりもする。
そして家が滅んで一人になってから、風の噂でリーナが魔界騎士になったことを聞き、あの子には負けられないと努力している――てな感じで、後半は妄想だがリーナの過去に絡めたセルヴィアの話もできそうだった。
特に風の魔剣の出どころをどうするかは悩みどころで、過去シーンで使うリーナの立ち絵では持っているが、そんなものおいそれと手に入れられるはずがないので、セルヴィアの気まぐれでもらったということにできてラッキーだった。
そういうわけで、過去シーンはリーナのモノローグから入り、セルヴィアがあれしろこれしろとわがままを言っている場面に続き、その流れで剣をもらってからリーナの立ち絵が出てくるようになっている。

なお、セルヴィアの口調はこれが過去で、かつ使用人相手ということもあり、現在のそれとはちょっと変えている。

 

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そして、晩餐会。
リーナとイングリッド、運命の出会いだ。
自分を馬鹿にせず、剣の稽古をつけてくれて、今までにない視点と魔力の使い方を教えてくれて、すごい技を見せてくれて、魔界騎士になりたいという願いを認めてくれて、いつか共に戦おうと励ましてくれた。
自分で書いておいてなんだが、てんこ盛りにもほどがある。これで憧れなかったら嘘だろうという大盤振る舞いだ。
もしかしたら、実際はこんなにキラキラしておらず、イングリッドにしてみれば、退屈して外に出てみたら、ちょっと面白い子がいたので、少し相手をしただけなのかもしれない。
しかし、これはリーナの回想なので端から端までイングリッドが光り輝いていていいのだ。
まんが道』で、初めて主人公たちが手塚治虫に会った時も、先生は宇宙まで背負ってキラキラしていたではないか。憧れとはそういうものだ。

 

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回想の二つ目はリーナの武者修行時代だ。
小さな傭兵団の女剣士、荒くれ者どもの中で頑張っている。実力もついて仲間として認められているが、魔界騎士を目指していることは笑われている。いつかイングリッドに再会する日を夢見ている最中、彼女が魔界騎士にあるまじき行動をしたという噂を聞いた。
そんな感じのつなぎの話であるが、ここでもネームドキャラを出したくなった。
さあ誰にしようか。できれば、今まで絡ませたことのない意外な人物がいい。
志を同じくする剣士、ライバルとかでもいいなと探していたら、とんだ盲点のキャラがいた。
リーナと同じく旭氏が作画を担当していて、決戦アリーナのころから氏の二枚看板とも言えるキャラクター、リリス・アーベル・ビンダーナーゲルその人だ。

 

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対魔忍RPGのイベントでもしばしば登場しているが、実はこの二人、まだ本編中で絡んだことがなかった。
そのわりに、なんとなく二人はとても仲良しというイメージがすでにある。一緒にコタツで蜜柑食べてるとか。

私も今さら二人の出会いを書いて、「あなたのお名前なんてえの?」とかソロバン片手にやるのもなあと思っていた。
そこに渡りに船のリーナの過去だ。
もう本編が始まる前からずっと知り合いだったことにしてしまおう。
二人ともまだ未熟だが、リーナは魔界騎士、リリスは偉大なお婆さまの名を次ぐ二台目と、なりたい自分になるために頑張っている。
互いに励まし合う心の友、それでいいじゃないかということで、リリスの登場となった。

それと個人的には、冒頭でリーナを褒めている傭兵団の団長がいぶし銀でちょっと気に入っている。

 

回想の最後はイングリッドとの再会だ。
リーナは傭兵団を出て、リリスとも別れ、一人修行を続けている。
もうこの時点で一線級の実力で、千突きやヴァニッシュといった技を使いこなし、たった一人でならず者たちを蹴散らせるほどだ。
現在のリーナを見ていると、常にノリと勢いで行動しているようだが、今回の過去エピソードで、実は様々な経験を積んでいる百戦錬磨という側面を追加した。
というより、雑種と呼ばれる存在から最強の代名詞である魔界騎士にまでなったのだから、そこらのエリート魔族とは比べ物にならない経験を積んでいるに決まっている。残念ながらそれがあんまり表に出てこないだけだ。

 

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ともあれ、イングリッドとの再会は劇的なものにしたかったので、いきなり自分の技に炎がプラスされるという登場の仕方になった。リーナにとってはまたキラキライングリッドだろう。
彼女と同じくヒュドラを倒しに来たイングリッドに同行して(今と違ってイングリッドが先を歩いてるのがミソだ)、リーナは実戦で初めて見たその強さに感激し、イングリッドもリーナの成長に満足して、二人でヒュドラに挑むものの、頑張りすぎたリーナのミスで撤退を余儀なくされる。このへんはまあオーソドックスな展開だ。

 

このシーンのキモは、イングリッドが魔界騎士としての自分の確たる思いをリーナに告げて、それに感銘を受けたリーナがイングリッドに助けられた後、彼女のそばで自分なりの魔界騎士を目指そうと決意するところなので、ヒュドラは因縁の相手ではあるが完全な脇役だ。

脇役なので、神格級の魔獣という肩書きには申し訳ないが、ラストバトルではヒュドラにあっさりやられてもらった。
だいたい、リーナとイングリッドの二人を相手にしたときも結構苦戦していたのに、その頃より力を増した現在の二人に加えて、エレーナ、ドロレス、その他ノマドの女戦士たちを揃えた精鋭チームに勝てるわけがない。

 

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最後はリーナの見せ場だ。
初めて出会ったあの夜、イングリッドに教えてもらった技を長年かけて必殺技まで昇華させた、名付けてセブンズ・ハリケーンが炸裂する。

上の画像はそのモチーフ、決戦アリーナで最後に実装されたリーナのカード、【七衆の嵐】リーナだ。

イングリッド様直伝の技」という口上から始まって、自分で「超必殺」と言いつつ、とどめはイングリッドに任せるあたり、とてもリーナらしくなったと思う。
次あたりでリーナの新ユニットの奥義にならないだろうか、期待している。

 

エピローグは、セルヴィアが実は死んでおらず、リーナも既にそれを知っていて、これから彼女のお茶会にリリスも来る予定という仲良し関係を示して終わりだ。
そうそう、現在のセルヴィアはいかにもお嬢様っぽい口調で喋っているが、リーナに対してだけは昔と同じように接していると思う。
もちろん内心では、本当に魔界騎士になったリーナを尊敬していて、昔のことも謝りたいが、素直にそれができるような性格ではなく、無理して昔通りわがままに振る舞っている。リーナも別にそれを気にしておらず、今も普通にお嬢様扱いしてくれるので、ますます引っ込みがつかなくなって、謝るタイミングを逃して心の中がグルグル状態。
そんなセルヴィアを想像すると楽しい。

 

最後になるが、今回のリーナイベントでは旭氏による同人誌『対魔忍アサギ設定アリーナ』から色々なネタを使わせてもらっている。ここで感謝の意を示させていただく。


これは素晴らしい本で、風の魔剣の謂れなどそのまんまだ。銘を刻まずに布を巻いたまま使っているという設定など実にいい。
なぜ自分の銘を刻まないのか?
セルヴィアの形見だから。

とても大切な剣なので、彼女が生きていると分かった今でも、もらったそのままの形で使っている。
てな感じで、一本の剣の設定からリーナらしいエピソードができあがった。
この本だけでなく、旭氏のTwitter画像やpixivなどから色々なイメージをもらっている。
このIFリーナなどは最高だ。 

 

ポンコツを捨て、哀しみを背負った黒翼の魔界騎士。

けれどイングリッドはもういない。腰には形見の魔剣ダークフレイム。

てな感じで、大人ゆきかぜの世界に出てきそうだ。

 

そしてとどめのこれ、イベント実装後に素晴らしい絵を描いてくれた。

感無量とはまさにこのことだ。

  

 

しかもこれよく見ると、風の魔剣にもう布を巻いていない。

つまり、

「なに私がやった時のままで使ってるのよ。

 魔界騎士になってもリーナはリーナね。ダメダメなんだから。

 さっさとよこしなさい。しょぼい名前くらい私が刻んであげるわよ」

 で、かつては使えなかった家伝の秘術「ローザ・プリズム」を駆使してそれを刻み、そんなことはおくびにも出さず、さも適当にやったという顔をして、

「ほら、あなたの剣よ。さっさと持っていきなさい」

 と昔は放り投げた剣をちゃんと手渡しする。

「ありがとうございます、お嬢様!

 うわあ、私の名前がこんなに華麗に!!」

 え? ほんと、嬉しい、頑張った甲斐があったわ。

 と顔が緩みそうになるのを無理して堪えて、

「当然でしょ。この私がやってやったんだもの。感謝しなさい。

 あ、あとね……その……昔あなたに色々しちゃって……ご、ごめ……(超小声)」

「え? なんですかお嬢様?」

「な、なんでもないわよっ!」

てな感じのエピソードまで、あの絵だけで想像できるではないか。

実に楽しい。

そんな風にいつもキャラを魅力的に描いてくれる旭氏に改めて感謝しつつ、今回の制作雑感を終えることにする。

ではまた。

 

 

 

対魔忍RPG 『雷神の対魔忍』 制作雑感

『雷神の対魔忍』はついに登場の大人ゆきかぜが主役となるイベントだ。
その元ネタは葵渚氏がTwitterで公開したこのラフだ。

 

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トレードマークのツーテールをばっさり切っていることといい、なんという冷たい目をしているんだ、この世の地獄をすべて見てきたような目といい、あれこれ想像を逞しくするにあまりある素晴らしい一枚だ。
私も以前、このゆきかぜで話を作るとしたらという妄想を書き連ねてみたりしていたので、イベント担当になってとても嬉しい。
そんな思い入れもある上、ストーリー自体が私の好きな王道話なので語り出すと止まらなくなってしまう。
というわけで、どのへんを特に重視して書いていったかを中心に語っていきたい。

 

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まずは大人ゆきかぜのクールな強さだ。
強い。絶対に強い。
ライトニングシューターがもはや必要ない*1なんてのは序の口で、レーザーみたいな雷撃をぶっ放すわ、雷の剣で逸刀流を使いこなすわと、未来のアドバンテージがあるとはいえ、今のアスカを手玉に取っている。

どれくらい強いかというと、覚醒アサギはどうだか分からないが、現在のノーマルアサギよりは強いくらいのつもりで書いている。

手元の資料には、葵渚氏による技のラフデザインもあり、こっちはこっちで例えるなら多くの女たちの哀しみを背負った夢想転生状態というか、そりゃもう痺れるほどカッコいい。
そしてカッコいいだけでなく、その繰り出す技を会得するに至った過去(未来だが)をあれこれ想像させる代物になっている。
なぜ逸刀流を使えるのかとか、アスカ以外の対魔忍はどうなったのかとか色々書きたくなってしまう。シナリオでもそれを匂わすようなセリフを散りばめてみた。

 

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大人ゆきかぜの積もり積もったふうま君への想いも重視したところだ。
最初は思わず抱きついたりしてるが、その後は感情をひた隠しにしてクールな未来戦士として振る舞い、だけど最後にはかつての熱い想いを取り戻して大勝利、そして別れのキス。
いやもう王道すぎて本当に書きがいがあった。

「さあ行くんだ、その顔をあげて」てなもんだ。いいよね、ああいう別れのシーン。


今までのエピソードから「私はふうまの銃」というとっておきのセリフも使えたし、お正月イベントで実は写真を撮っていたという話も追加できた。私は運良く元のシナリオを両方とも担当しているので感慨もひとしおだ。
写真の回想シーンではふうま君の姿がないと間が抜けてしまうので、去年のお正月の時点ではなかったふうま君の立ち絵があってよかった。
古びた写真だけを残していくというのは、やはり悲惨な未来からのタイムトラベル物の基本『ターミネーター』へのオマージュといったところだ。

 

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そして、大人ゆきかぜの心情に関連して、彼女にとっての過去のエピソード、つまり鹿之助やふうま君が殺されてしまう場面や、未来から出発する場面なんかを断片的に書いている。
そういう過去があったのは最初から決まっていたが、それをどう表現するかは指定されていなかったので、アルサールに会った瞬間に想起した大人ゆきかぜの回想風にしてみた。
大人ゆきかぜの視点になってるところがミソで、彼女がふうま君にはあえて語らないことをプレイヤーだけには伝えている。
そうすることで、大人ゆきかぜの気持ちに寄り添ってもらうのが狙いだ。回想ってのはこういう風に使いたい。

 

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とはいえ、冷たくなっているふうま君を前にしたゆきかぜ、さくら、蛇子のセリフを考えるのは結構辛かった。それぞれたった一言だけなのに書いててちょっと凹んだ。
一方、訳もわからず鹿之助が最期に口にするのが、ふうま君と姉ちゃん(上原燐)というのは、私の中からごく自然に出てきた。姉ちゃんはいいとして、ふうま君のほうは別にBL展開とかではない。なんとなくだ。

 

ところで、未来で大人ゆきかぜと話しているアスカの姿が出てこない。なぜか?
絵がないからという身も蓋もない理由はおいておいて、ここはあえて姿を出さなかった、姿を出せない理由があったと思いたい。
例えば、すでに対魔粒子コンピュータ内だけに存在する人格*2だとか、ちょうどスーパー改造中で動けないとか、なにか大人ゆきかぜとは一緒に行けない理由があるのを匂わせるつもりで、アスカのセリフは普通の「  」ではなく、『  』を使っている。
もっとも、もし未来編をやることになったら、アスカにもちゃんと出てきて欲しい。そのときの整合性? 知らん。

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未来アスカについても葵渚氏が色々とツイートしている。魔族ロリ ロボその他、どれも書き甲斐がある。個人的には魔族化がいい。

 

一緒に行けないといえば、クリアも東京キングダムに行くのを大人ゆきかぜに止められている。
最初はふうま君を呼んでくるだけだったが、あの流れで留守番というのはあり得ない。絶対に行きたがるはずだ。
行かないなら行かないだけの理由が必要だろう。そのへんを考えてドラマを盛り上げるのがシナリオの醍醐味でもある。
というわけで、大人ゆきかぜに母性全開で止めてもらった。
アニメなら、クリアを抱きしめている大人ゆきかぜを出崎統ばりのハーモニー処理でビシッと決めたい場面だ。

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ここらへんの会話で、大人ゆきかぜがジュノを懐かしがっているが、別にジュノまでアルサールに殺されたとかではない。

神様のジュノは、良くも悪くも覚えている人間のふうま君が死んでしまったので、わざわざ出てこなくなっただけだ。婚姻の誓いどころじゃないしね、未来。

そういう神様がらみのドタバタも起こらなくなり、今思えばあれはあれで楽しかったなといった気持ちで、大人ゆきかぜは「懐かしいな」と言っている。

 

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さて、大人ゆきかぜの洗練された強さを見せつつ、実はいきなり死ぬことになっていた鹿之助のピンチを救って、三人で東京キングダムに行くことになる。

まずは、ふうま君と大人ゆきかぜのトークタイムだ。
未来のことを話させようとするふうま君に対して、大人ゆきかぜは素っ気ない。

一緒に東京キングダムに来たのが実は初めてであること、今と未来の街の変わりようなど、ふうま君は色々と水を向けるのだが、あいまいな返事しかしてくれない。

その会話も、年齢のこととか聞いたせいでいきなり終わってしまう。

SF的にどれだけ未来かはとても重要なので、ふうま君の気持ちはよく分かるが、「いまいくつなの?」とか聞いて答えてくれるわけがない。

しかし、実はいい線をついていた。

ふうま君は「なんにも話す気がなさそうだな」とか言っているが、違う。
懐かしい馬鹿話に胸がいっぱいになり、つい話してしまいそうになって離れたのだ。
だから直前でむっふーー顔をしている。そこに気づかないとは、つくづく鈍感な男だ。

 

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そして休憩タイムになると、大人ゆきかぜは自分からとっとと消えてしまう。ふうま君と話すと決意が鈍りそうでヤバいからだ。

ほったらかしにされた二人のおやつのくだりは、シナリオのときにアドリブで追加した。

鹿之助がゆきかぜに疑念を抱いていて、ふうま君がその迷いを解くというやりとりはプロットのままだが、書いていてセリフだけでなく何か具体的なアクションが欲しくなった。

それが隠れてしまったゆきかぜにおやつを分け与えるという行動だ。同じ釜の飯を食った仲間というあれだ。

これまで任務中のおやつシーンなどやっていなかったが、逆にやってないのをいいことに、実は裏でおやつを食べてましたということにしている。忍者なんだから行動食くらい持ってるだろう。

ゆきかぜが甘納豆を好きという元ネタは、新田次郎の山岳小説『孤高の人』だ。
そのモデルにもなっている登山家、加藤文太郎が行動食としてやたらと甘納豆を食べている。
ゆきかぜはああ見えていいとこのお嬢さんなので、スーパーで売ってるような安い甘納豆でなくて、『銀座鈴屋』あたりの高い甘納豆を食べているに違いない。
私もたまにしか買わないが好きだ。上品でいてしっかりとした甘さもさることながら、彩りも綺麗で楽しいので贈り物としておすすめだ。

 

今回のメンバーにいないので書いていないが、さくらは輸入食材店で見たことのない変なお菓子を買ってきて、そのつど当たりだの外れだの大騒ぎしている気がする。
蛇子はバレンタインの一件でも分かるように、味覚がちょっと変わっているようなので、練乳チューブを直にチューチュー啜っていたりすると面白い。
きらら先輩はふうまのためにクッキーを作ってみたりするが、色々考えすぎてまだ一度も持っていけていないとかがよく似合う。
アスカはサイボーグ専用のとてもまずい固形食糧とかを持っていそうだ。そしてふうま君に味見させて喜んでいる。

 

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おやつのあとは米連の秘密基地に突入だ。
ここで大人ゆきかぜがアスカ、仮面の対魔忍と連戦することになる。
あそこのバトル描写にはちょっと気を使った。
大人ゆきがぜが圧倒的に強いのは大前提として、その上で他の二人があまり弱く見えないようにしている。
そこで、強さの形にも色々あり、
戦闘力の数値なら、大人ゆきかぜ、アスカ、仮面の対魔忍の順。
パワーやスピードといった基本スペックなら、アスカ、大人ゆきかぜ、仮面の対魔忍の順。
戦いの年季なら、仮面の対魔忍、大人ゆきがぜ、アスカの順。
といったイメージで戦闘シーンを組み立てている。

 

大人ゆきかぜが仮面の対魔忍に使って避けられた『浦波』は、凜子先輩が主役のイベント『奪われた石切兼光』で、逸刀流の剣士が使っていた技だ。

今回は名前だけであまり細かく描写していないが、要するに忍法を併用した佐々木小次郎燕返しだ。「とりあえずぶっ放せ」のゆきかぜがこんな技を使うようになるとは感慨深い。

アスカは戦闘用の立ち絵が色々あるし、仮面の対魔忍の空蝉はドローンで表現できる。
そして、大人ゆきかぜが使う完璧超人の最大の秘密兵器サンダーサーベルときて、画面の見た目もスペシャル回に相応しいものになったと思う。

 

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その後は、いよいよ新生アルサールの登場だ。
さっきの強さの分類で言ったら、こいつは基本スペックだけが異常に突出していることになる。
そして、ただそれだけの人類を舐めているバカなので、バトルの展開はあえて単純なものにし、ふうま君の策略にまんまと引っ掛かってやられている。
その前座となるパズズ軍団も新規デザインであるにも関わらず、大人ゆきかぜと鹿之助のコンピプレイで瞬殺するという贅沢な使い方だ。

ここの見せ場は、大人ゆきかぜが『ふうまの銃』であったことを思い出し、懐かしいハンドサインに歓喜して、アスカとダブルで大技をぶちかますところなのでそれでよい。

ターミネーター2』のように凍らされたアルサールが、「貴様たちはなんなんだ!」と、今度は『プレデター』のように絶叫するのに対し、ふうま君が「俺たちは対魔忍だ」と答えるところなどは書いていて楽しかった。
最近、感度3000倍のネットミームみたいになってきている対魔忍だが、そういうワードをここぞという場面で使うのは気持ちがいい。
蛇子が言うところの「ふうまちゃんって、たまにカッコいいこと言うよね」というやつだ。

 

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そして、キスからのお別れ。
最初にも書いたように、大人ゆきかぜは色々な想いをふっきって帰っていく。

目の前でキスを見せつけられ、鈍感男子二人にその心情を説明する羽目になって、今回もアスカごめんという感じではある。いつか埋め合わせをしてあげたい。

イベントはそこで終わっているが、翌日すぐまた現れて、
「ふうま、一緒に来て欲しいの!」
「どこへ?」
「未来へよ!」

てな感じで、稲妻と共に二人が消えていくという『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なオチはやっぱり考えた。
それをやると、To Be Continuedになってしまうので自重したが。

今後、ふうま君が未来に行くかどうかはさておき、ダイジェストですませていた未来の過去話はちゃんとやりたいところだ。
今回、プレイして思い出した方も多いだろうが、ドラゴンボールのTVスペシャル『絶望への反抗!!残された超戦士・悟飯とトランクス』みたいな形がいい。期待している。

 

さて、五車祭でいよいよ大人ゆきかぜが実装されることになった。

そのエロシナリオも私が書いている。

笹山氏がツイートしている通り、イベントの後日談だ。

このイベントをやっておいて、後日談が書けないのはやはり寂しいので、担当できてとても良かった。

そして、ユニットの戦闘アクションで、イベントでは絵なしだったトールハンマー・ネイキッドの真の姿が明かされるはずだ。

実はイベントで披露したのはトドメの一撃で、幕の内一歩のデンプシー・ロールがそれ単体ではなく、リバーブローガゼルパンチのコンビネーションから繰り出されることで完成するように、トールハンマー・ネイキッドもその前段階となる技があって、それは冒頭でも述べた大人ゆきかぜの過去を想起させるものになっていると思う。

いつものことだがとても期待している。

後はガチャで当てるだけだ。

 

では、今回はこのへんで。

*1:あれは大きすぎるゆきかぜの力を抑えるためのリミッター

*2:漫画版の仮面ライダー1号状態

対魔忍RPG 『コーデリアのふたり姫』 制作雑感

メインクエスト27章「コーデリアのふたり姫」はlilithのゲーム「監獄戦艦2」を元にしたイベントだ。
発売は2010年。その時はメインでシナリオを書いている。その縁で今回の担当になったのだろう。
お題は、ふうま君が監獄戦艦2の世界に行って色々あって、戻って来たら夢か現実か分からなかったということで、その色々の部分を考えさせてもらった。
ヒロインのマヤとアリシアは『対魔忍アサギ 決戦アリーナ』にもゲスト出演していたが、その時は担当していないので、さすがにどんなキャラだか忘れていた。
そこでまずは昔の資料や自分が書いたシナリオを読み返すことになった。

 

ところがゲームでは、最初こそ宇宙戦闘シーンがあったりするものの、それが終わればもう調教シーンで、そこでは「このケダモノ!」のように主人公*1を罵倒するか、「んほおおお!!」とアヘ顔を晒すのが主な仕事で、それ以外の日常でなにをやってるのかまるで分からない。おまけに二人とも洗脳的なことを受けているので、もはや日常どころではない。

しょうがないので、今回のイベントは時系列的に監獄戦艦2より前だというのをいいことに、基本的な性格や口調はなぞりつつ、それ以外は10年越しの後出しでどんどん決めていった。マヤの虫嫌いとかその典型だ。

 

ふうま君が監獄戦艦ワールドに行く理由は、リリムのイタズラ、ブレインフレーヤーの仕業、ジュノの嫌がらせとなんでもよかったのだが、話はマヤにキスされてお別れといった風に綺麗にまとめたかった。
要するに、長編アニメの劇場版やゲーム版なんかでよくある、結構な事件のわりに本編にたいして影響しない一夏の思い出的なお話だ。
例は山ほどあるが、パソコンゲームの『サイレントメビウス』で、プレイヤーキャラの考古学者が本編ヒロインの香津美とちょいといい関係になって最後にキスしてお別れしたり、セガサターンの『新世紀エヴァンゲリオン 2nd Impression』で黒髪メガネで大人しい系という狙いすぎなゲストヒロインの山岸マユミとシンジがちょいといい関係になって、こっちはキスしたかどうか忘れたが、やっぱり最後にお別れするみたいなやつだ。両方とも古いな。

 

ともかく、ふうま君にとって新しい世界、新しいキャラときて、このイベントだけでヒロインといい関係になるためには、「なんだこの世界は? どうやったら元の世界に戻れるんだ?」とかやってる暇はないので、最初から仮想世界のつもりで行ってもらうことにした。
戻ってから、「もしかして仮想世界じゃなかったのか?」と気づくパターンだ。
ギャルゲー的お約束イベントが連発するのも、ふうま君にこれは現実ではないと思ってもらうためだ。あと私が書きやすいからね。

 

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てなわけで、対魔忍バーチャルシミュレーションシステム、通称TVSSといういかがわしい装置を動かすところからお話は始まる。
ゆきかぜが用もないのについてきて、シナリオではゲーム好きだからと説明していたが、メタ的に言えば声がマヤのひむろゆりさんと同じだからだ。
そのわりに、最後に目を覚ましたときに、
 「ふうま! ふうまってば!」
 「うう……姫様……」
 「だ、誰が姫様よ、あんた寝ぼけてんの!?」
 「なんだ……ゆきかぜか……」
みたいなシーンを入れ忘れていた。

 

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TVSSをスタートさせると、いきなりマヤとアリシアの前にいる。まさにゲームのオープニング、それもドラクエとかのレトロなやつだ。
お約束通り、初対面ではマヤに気にいられず、彼女の使い魔、じゃない従者にさせられて、そのまま貴族学校までついて行く。この貴族学校も元のゲームにはない。

10年も前のゲームだし、プレイしていないユーザーも多いだろうから、まずは近代史の授業という名目で世界観を説明している。このあたりは元のゲームからのコピペだ。
必要な説明だがあまり長いと退屈なので、装甲機というロボットの説明はマヤにやってもらった。
ついでに、マヤは授業にも積極的に参加する優等生だが、アリシアのことになるとちょっと暴走しがちで、そのあたりも好意的に受け止められていることも示しておく。

やはり親しみを持てる姫さまの方がいい。

 

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それが終わったら、お約束の嫌味な貴族の登場だ。
いくらシミュレーションのつもりとはいえ、イキっているふうま君がちょっと恥ずかしい。なので嫌味貴族をあっさり蹴散らし、調子に乗ったところをマヤにビシッと叱ってもらった。
ここでのマヤは、絡んできた貴族を叱責し、それ以上にふうま君の見苦しい振る舞いを叱るという、誇り高い姫様の見本のようなキャラになっている。
その一方で、変わりものの平民がお姫様に気に入られるというのは、この手の話のパターンなので、ふうま君も1日でマヤの従者を首にならずに済む。
家に帰ったらアリシアに報告だ。
そうでもしないと、姫姉さまの出番が少なくなってしまうので、毎晩ちょこちょこ会話をさせている。

 

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2日目は虫イベントから始まる。
二人の距離をぐっと縮めるために、なにかお約束なラッキースケベをやりたかったのだが、新しいイベント絵は使えないし、元のゲームのものはエロすぎて使いまわせないので、使える素材からただ出るだけでもちょっと嬉しい下着の立ち絵をもってくることにした。
今までエロシーンはともかく、通常イベントで下着姿を披露したキャラはいなかったはずので、少しは特別感があるはずた。
実際にプレイして気づいたのだが、下着のマヤが出てきたとき、上の画像のようにメッセージウィンドウが絶妙の位置で邪魔していてパンティがちょうど見えない。

みんなウィンドウを消して見てくれただろうか。私は見た。
その一操作にちょっとしたイタズラ感があって面白かった。

 

学校日に行くと、また嫌味貴族たちと一悶着あるわけだが、ここでのバトルは戦闘シミュレーション中の出来事ということになっている。
ふうま君の格闘能力は昨日見せたので、今日は実戦仕込みの知略をマヤに披露したいのだが、本物の危機を出すにはまだ早いのでこのような形を取った。
エピソード自体は『銀河英雄伝説』で学生時代のヤンが首席のワイドボーンをシミュレーションで破ったあれが元ネタだ。
もっとも、ヤンは正攻法でないとはいえ、ちゃんとシミュレーション内だけで勝っているのに対して、ふうま君はハンニバルの「トラシメヌス湖畔の戦い」のように、待ち伏せして敵を隘路に引きずりこむ戦術を使ってはいるが、メインはシミュレーター外の猿芝居なので、それに付き合わされたマヤがむくれるのも無理はない。

 

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そのあたりをアリシアに報告すると大喜びされて、晩餐会に連れていかれる羽目になる。
アリシアのちゃんとした出番はこの晩餐会だけだ。
それほど長くないストーリー内でマヤとキスまでするためには、姫姉さまにはサポート役になって貰わざるを得なかった。ごめん。
ここでのアリシアは、多少強引で人を面倒ごとに引っ張り込むが、なにか楽しいことをやらかしてくれそうな魅了的な女帝として描いている。

まだまだ自分のことで精一杯のマヤと違って、晩餐会に慣れないふうま君へのフォローもしっかりしている。

イメージは、カエサルアントニウスを引き連れて先頭でガンガン戦クレオパトラといったところか。

ただ、今回はマヤの保護者としてのアリシア、王者としてのアリシアしか出せなかったので、そうやって普段は強い女をやっているアリシアが、気を許した相手だけふと見せる弱さ、その心の隙間につけこむ、おっと違った、心を慰めることで、マヤも知らない一人の女としての顔を描いてみたいものだ。そういう話は好きだ。

 

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ところで、晩餐会には脈絡なく怪しい奴が登場している。
ディノ・デイラッソこと監獄戦艦シリーズの主人公ドニ・ボーガンだ。ゲームでマヤやアリシアに色々するのはコイツだ。
包茎巨根の卑劣漢だが、ろくでなし軍団の信頼は厚く、目的のためなら自ら身体を張るダークヒーローでもある。あとよく肋骨を折る。
この立ち絵はゲームの使い回しのようで実は初登場だ。昔の素材に線画はあったものの、男キャラの悲しさで色がついてなかったので、10年越しで塗ってもらった。

いかにも胡散臭い調子で出てきたが、出てくるだけで特に何もしていない。マヤを襲った刺客たちを差し向けたわけでもない。単なる顔出しだ。
ふうま君が壁の花になっているときに誰かと話させたかったので、どうせならということで来てもらった。
場面のモチーフは、またしても『銀河英雄伝説』で、キルヒアイスがオーベルシュタインに初めて会うシーンだ。なので台詞回しも似せている。
「地球から来たばかりのテラ正教会助祭」と言っているのは、監獄戦艦2の時点ですでに大司教になっているので、このイベントがそれより前の出来事というのを示すためだ。
ちなみに、テラ正教会という名前は今回考えた。ゲームのシナリオを調べたら名前がなかったのだ。それくらい書いとけ、10年前の私。

 

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3日目はマヤとの楽しいデートと、ついに訪れる本当の危機だ。
ただ、デートに着ていくマヤの服がないのには困った。
ゲームの素材で使いまわせるのは、ずっと着てる姫様服、2日目に出てきた下着、あと素っ裸もあったが、さすがに初デートでヌーディストビーチはない。ゲームでは浜で露出プレイとかあったはずだが。
しょうがないので、一張羅のマント付きをそのまま使って、お忍びでそれは明らかにおかしいだろうという電車のシーンを入れた。
マヤは世間知らずという設定なので、みんなにジロジロ見られて、ようやく場違いだと気づく天然振りを発揮してもらっている。

 

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さてジュクハラ地区という、新宿だか原宿だかわからない繁華街につくと、まずは私の好きな食事シーン、それもお姫様と庶民の物を食べるという、お約束にも程がある場面になる。
マヤも言っているが、一緒に食事をするのはここが初めてにしたかったので、従者だから今まで食事は別にとっていたということにした。
真面目なマヤはちゃんとデート先の下調べをしているし、ハンバーガーの食べ方までチェックしている。
いくら世間知らずでもハンバーガーくらい食べたことあるだろうとかは言いっこなしだ。
アン王女はジェラートを食べ*2、ミネバ様はホットドックを食べ*3、マヤはハンバーガーを食べる。それでいいのだ。

 

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食後には刺客が現れる。
ふうま君からそれを聞いて、マヤはいきなり迎え撃つことを決める。姫様りりしいね。
ただ今回、パートナーがふうま君だからよかったが、そうでなかったらアヘ顔一直線だ。危ないところだった。
前座のチンピラは二人で蹴散らし、ラスボスは科学という指定で、ゲームのイベント絵を使い回して装甲機を出したかったので、それよりは小さいやつで、ふうま君が知恵と勇気でなんとかできる相手ということでパワードスーツにした。

作中で言ってる通り、あのダーマは達磨からきている。未来なので米連のやつとかより洗練されたデザインにしてくださいと頼んだら、三澤螢氏が見事に形にしてくれた。

似たようなずんぐりむっくりロボットで、『∀ガンダム』のスモーというネーミングセンスが好きなので、禅宗から「ゼン」という名前を考えたが、ちょっと分かりにくい気がしたので、ストレートにダーマにしておいた。

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ダーマとの一騎打ちは対魔忍ではちょっと珍しい、異能にまったく頼らない、目抜けのふうま君ならではの戦いだ。
異世界に来ても別にいつもより強くなったりせず、 たまたまやって来た工事現場のワイヤーや資材を利用し、SF武器のレーザーガンも借り物というあたりが、ふうま君らしくて気に入っている。これで日常品を使うようになれば冒険野郎マクガイバーだ。
そうそう、マヤのマントも役にやってくれた。立ち絵の差分にマントの”あり”と”なし”があったのでこの戦法を思いついた。デート用の私服がなくて正解だった。

 

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しかし、その工事現場クラッシュで倒せないのも当然の展開で、とどめはヒロインのマヤにさしてもらった。
その勝利の鍵になるのは、ふうま君と出会ったことによるマヤの成長だ。なんかハリウッド脚本術まんまな作りだが、そういうのが好きなのだ。
そして、ご褒美のキス。元の世界の連中と違ってえらく積極的だ。姫様やるね。
でも、そこで目が覚めてしまうのだった。

 

以上、今回のイベントについて色々と述べてきたが、昔のギャルゲーによくありそうな事件がやたらと起きている。
メインヒロインになってもらったマヤも元のゲームの性格をなぞっているとはいえ、書いてみたら古典的なツンデレお姫様だ。
そして気がついたら、ストーリーは異世界転生の基本中の基本『ゼロの使い魔』の1巻とそっくりになっていた。懐かしい気分になるはずだ。
 

さて、今度の五車祭でいよいよ二人が実装されることとなった。

いつものことだが、どんな戦闘アクションになったのかとても楽しみにしている。
アリシアの奥義”装甲機一斉射撃”は、その名の通り普通に装甲機が現れてドカドカ撃つのだろう。それは分かる。
気になるのはマヤの”サザンクロス”だ。

まず連想するのは『北斗の拳』でシンがユリアのために作った街の名だが、マヤの人形が出てきたりしたら嫌なので、ここは『キン肉マン』のクロスボンバー、友情のクロスラインのようなタッグ攻撃を考えたい。

フーマが颯爽と現れて、マヤと一緒に攻撃をしかけ、とどめに二人の斬撃が十字を描いたりするととても嬉しい。もうSDキャラもあることだし、彼との連携攻撃は今まで誰もやってないので、ちょっと期待している。

ついでに、ご褒美にマヤがキスしようとしたら、「誰よ、その女!」とゆきかぜを始めとした連中がワラワラ現れて、フーマがボロボロになるとかだったら最高だ。

後は二人を当てるだけだ。
ちなみに、今まで鹿之助、なお、舞などはどれも復刻までゲットできていない。ゼロレンジのアイナなどいまだに持っていない。

つまり経験上、キャラに思い入れがあると大抵残念なことになっているのだが、時すでに遅しだ。

 

※追記

なんとか二人ともゲットした。

*1:シリーズの主役ドニ・ボーガン

*2:ローマの休日

*3:機動戦士ガンダムUC