対魔忍RPGショートストーリー『甲河アスカ強化計画』

「あーもう、やってらんない!」
 甲河アスカは米連防衛科学研究室、通称DSOの日本支部にあるシミュレーションルームで一人癇癪を起こしていた。
 アスカが見ているのは、彼女がある対魔忍と戦った場合の戦闘シミュレーションプログラムの結果だ。
 いわく勝率3%。奇跡でも起こらなければ勝てないというありがたいお達しだ。
 しかも、色々と条件や戦法を変えてシミュレーションを行ったうち、これが一番が高いときている。まさか二桁にも届かないとは。うんざりだ。
 その他にも、シミュレーターによる戦闘分析という御託がああだこうだと書かれていたが、もう読む気にもなれなかった。
「やっぱり基本的な技術レベルで負けてるのが痛いなあ。こっちの動きも全部読まれてるっぽいし、アクセルモードを使っても平気で対応しそうだし。未来人かあ」
 アスカは溜息をつき、ついでに頬肘もついた。戦闘用アンドロイド・アームのひんやりとした感触が頬に気持ちいい。
 その未来人、成長した水城ゆきかぜがシミュレーションの相手だった。
 アルサールとか言う変な奴にふうま小太郎と上原鹿之助が殺されたあげく、世界征服までされている未来から、この世界を救うためにやってきたという昔のSF映画みたいな女だ。
 実際には現在の直接の未来ではなく、未来に相当する異世界ということらしいが、そんなことはどうでもいい。
 大切なのは鋼鉄の死神、米連最強のサイボーグと呼ばれる彼女が手も足も出ず、手玉に取られたという事実だ。
 未来テクノロジーの塊のようなスーツを身にまとい、雷遁を完璧に使いこなす戦闘力はもう完全に別人だった。あとすごい美人になっていた。スタイルはあまり成長してなかったけど。
 ちょっとした誤解――でもないけどやりあって、その後なんだかんだで共闘して、諸悪の根源のアルサールを倒し、その力の源のテセラックという遺物を壊して、この世界のふうまと鹿之助も死なずに済んでめでたしめでたしと思ったら、あの女、ことのついでにふうまにキスして未来に帰っていった。
 最後のは別に気にしちゃいないけれど、あっさり負けたのはやっぱり悔しい。
 悔しいからどうにかして勝てる方法がないかと、シミュレーションで色々試していたのだが、結果はこのざまだ。
「これはもう私がパワーアップするしかないわね! そうよ、パワーアップよ!」
 アスカはすっくと立ち上がり、鋼鉄の拳を握りしめた。

 

「パワーアップ計画?」
 DSO日本支部主任上級研究員の小谷健司は研究室に突然やってきたアスカに怪訝そうな顔をした。
 いつもボサボサの髪、ださいメガネ、おきまりの白衣とギークを絵に描いたような人物だが、これでもDSO日本支部の技術方のトップ、専門は素粒子論で対魔粒子の研究に関しては世界でも三本の指に入る。
 アスカのアンドロイドアーム&レッグの開発にももちろん携わっていて、必殺の対魔超粒子砲はその研究の成果の一つだ。
 エリート科学者にありがちな偉ぶったところがなく、付き合いも長いので、アスカにとっては近所にいる冴えないけど天才のお兄ちゃんという感じだ。
 全くモテなさそうな外見のわりに、キャサリンというすごい綺麗な奥さんがいる。アメリカ人にしては珍しいふわっとした印象の優しい女性だ。「アスカとは大違いだろ?」 余計なお世話だ。
 5歳になる娘さんは愛ちゃん。活発な子で絵本を読んであげるよりも、外で一緒に遊んであげるほうが喜ぶ。アスカちゃんみたいな格好いい手足が欲しいそうだ。将来有望だ。
「なんだいそのパワーアップ計画ってのは?」
 小谷はもう一度言った。
「私を今よりもっと強くする計画に決まってるでしょ。ほら見て見て、私書いてきたんだから」
 アスカは天才のくせに察しの悪い小谷に計画メモを差し出した。
「えーなになに? 甲河アスカのパワーアップのために。その1、加速装置?」
「ほらよくあるじゃない、奥歯のスイッチをカチッと入れると、いきなりマッハで動けるとかそういうの」
「アニメの見過ぎだよ。だいたい君にはアクセルモードがあるじゃないか。通常の1000倍の早さで動けるんだ。マッハどころの話じゃない」
「だってあれ不便なんだもん、5秒しかもたないし、一度使ったら後でオーバーホールだし、もっとこう手軽に超加速を使えるようにならないの? 加速装置! ピキーンっ感じで」
「無理だね。だいたいあれはアンドロイドアーム&レッグの機能で実行しているというよりは、基本は君の対魔粒子による力技だからね。君の並外れた濃度の対魔粒子をチャージ、そして一気に解放することで、手足を限界以上の超高速で動かし、かつ奇跡的に破壊せずに済ませていると言った方が正確かな。だから君以外は一人だってまともにやれていない。ほんの数倍の加速でもメカニズムが耐えられずにバラバラに吹っ飛ぶ有様だ。全身サイボーグですらそうだ。君は正体不明の対魔粒子の力で本来なら不可能なことをなぜか実現していると理解して欲しいね」
「長い」
 駄目な理由をまくし立てられアスカは眉をひそめたが、小谷はどうも乗ってきてしまったようで気にせず続ける。
「それから、その2の対魔超粒子砲のピストルモードの搭載とかいうの。あのねえ」
 それは大人のゆきがぜが銃も使わずに高精度の雷撃を撃ちまくっているのを見て書いてみたのだが、
「はいはい、それもまだ私しか撃てない正体不明のビームだっていうんでしょ。そんなの分かってるわよ。それももうちょっと便利に使えないかなって思ったの。くどくど言わなくていいから」
 アスカはむくれたが、小谷はやっぱり少しも構わずにペンをクルクル回しながら続けた。
「そうだなあ、アクセルモードにしろ対魔超粒子砲にしろ、アスカが今よりも高い精度で対魔粒子の制御ができたら、もう少しコントロールできるかもね」
「高い精度ってどれくらい?」
「今、君は四段階くらいで対魔粒子の出力制御をしているだろ? 手加減、本気、ちょっと気合いを入れる、フルパワーくらいで」
「まあそんなもんじゃない?」
「それを100段階くらい、せめて50段階くらいで制御してくれればね。もちろん君の気分とかに関係なく、常に正確な出力になるようにね」
「そんなの無理に決まってるでしょ。私これでも人間なんだから」
「そうなんだよなあ。君は人間なんだよなあ。対魔粒子のことも含めて、そこがロボットとは違う君の驚異的な強さの理由なんだが、君が人間であるばかりに出来ることと出来ないことがあるんだよなあ。ただこのフルアーマー化ってのは面白いな。でもこれならむしろアスカ自体を中枢ユニットと見做して、より大型の武装と装甲を強化した拡張ユニットを、いやそうすると肉体と機械のマッチングが難しいな、そこは――」
 小谷はぶつぶつと一人で喋り始めた。どうやら自分の世界に入ってしまったようだ。
 ここに奥さんがいたら「こうなると話にならないからほっときましょう」と言うところだ。
「またなんかあったら来るわ。ありがと」
 アスカは諦めて小谷に背を向けた。

 

 次にアスカが捕まえたのは喫茶室にいたドナ・バロウズだった。
 彼女はDSOの所属ではなく、米連特殊部隊の兵士だが、右腕のアンドロイドアームが元はアスカの予備パーツだったものなので、メンテナンスやらなにやらでよく本部にやってくる。
 右腕を機械化した影響で味覚が変わってしまい、やたらと辛い物とか甘い物とか苦い物とかちょっと言葉にできないような変な味の物を好むようになったのだが、ここの喫茶室のチョコレートケーキは普通に美味しいらしく、むしろそれが来る目的という気がする。今日も一人で三つも頼んでいた。太るぞ。
「でね、小谷っちに手足のパワーアップができないか相談してみたんだけど、なんか難しいとか言われちゃってさ」
 アスカは苺のミルフィーユにフォークを突き刺しながら言った。クリームとパイの層が崩れないように丁寧に。実はさっさと横に倒してしまうのが正しいらしいが、見た目に綺麗じゃないのでやらない。戦闘用のアンドロイドアームはこういう精密動作が苦手だけれど……うん、うまくできた。美味しい。
「特訓をしたらどうだ? 手足をもっと上手く使えるようになれば戦闘力の底上げになるぞ」
 ドナが言った。生真面目な彼女らしい堅実な意見だ。
「って言ってもね、私、米連の全アンドロイドのなかで生身と機械のマッチングが最高なのよね。まあ自慢なんだけど。駆動速度は余裕で理論値以上だし、脳が手足に命令してから実際に動き始めるまでの反応速度とか生身の人間以上なんだから」
「そうなのか。さすがだな」
「まあねー」
 素直に感心するドナにアスカは鼻高々でミルフィーユのイチゴをパクリとやった。
 手足の関節の可動摩擦面に微小の風遁を施すことで抵抗を減らし、滑らかな動きを実現するアスカならではの技だ。小谷は対魔粒子の制御が雑みたいなことを言っていたがそんなことはない。もちろん今も普通に行っている。
「だてに“鋼鉄の対魔忍”は名乗ってないってこと。だからそっちの方のパワーアップはできないことはないけどって感じね」
「新必殺技を作れば?」
 後ろから別の声がした。
 アンジェだ。さっきそこに座ったのは気づいていたが、こっちの会話に参加する気になったらしい。唐突な入り方はいつものことなので気にしない。
 和菓子好きな彼女らしく、目の前にはお団子が置かれていた。あんこにみたらしに磯辺。どれも美味しそうだ。
「新必殺技か。いいわね。それなら特訓のしがいもあるし。アンジェ、付き合ってよ。暇だったらドナも」
「いいよ」
「私も今日は用事がすんだから付き合おう。お前たちとの訓練は私のためにもなる」
「ありがとっ。 すいませーん、ここお団子追加でー」
 アスカはウエイトレスに向かって片手を上げた。


「やあ、テンタクルストーム」
 お馴染みの気の抜けるようなアンジェの声と共に、それとは全く裏腹のストーム、嵐のような触手の乱打が襲ってきた。
「はあああっ!」
 アスカは風を纏わせた左右のブレードでそれを次々と弾いていく。
 アンジェの触手は機械とは思えないほど滑らかな動きをし、彼女の捉え所のない性格を反映しているかのように、思わぬ場所から突然切り込んでくる。
 アスカと言えども無数の触手を捌くのに手一杯で、その場に釘付けにされる。
 そうやって彼女を足止めし、アンジェの後ろにいたドナが急速に迫ってくる。アンジェをブラインドにして奇襲するつもりだ。
 右? 左? それとも上?
 意外! それは下っ!
「なんて思うわけないでしょ!」
 ひょいとジャンプしたアンジェの足元からドナがスライディングしてきたが、アスカはそれを読んでいた。
「いけえっ!」
 風を使った跳躍でグラビティの薙ぎ払うような一撃をひらりと躱し、頭上から真空刃をぶちかます
「しまった」
「大丈夫」
 アンジェは体勢を崩したドナにさっと触手を伸ばすと、それを細かく振動させて空気の障壁を作り出し、ドナを真空刃から守っている。
 さすが。でもそれも計算のうち。分かるわよね、アンジェ?
「あっ」
 気づいたようだ。まずいという顔になるがもう遅い。
 アスカは風を操って二人の背後に軽やかに降り立つと、アンドロイドアームをきりりと構えた。
 後は滅殺マシンガンでも皆殺しミサイルでも撃ち放題、二人に躱す術はない。
「はい、私の勝ちー!」
「やられた」
「2対1を逆手に取られたな」
 ニッコリ笑うアスカに、アンジェはいつもの淡々とした顔に戻って、ドナは感歎した様子で白旗を上げた。
 三人がいるのは、本部の外にある演習場だ。おやつの後、アスカが二人をここに連れてきた。
 シミュレーションルームの横にある室内演出場でも良かったのだが、さっき行ったばかりだし、外で身体を動かしたかったのだ。
 屋外演習場といっても特にこれといった施設があるわけではない。
 アスカがマシンガンをぶっ放したり、ミサイルを飛ばしたり、竜巻を起こしても周囲に被害がでないくらいのだだっ広い空き地だ。
 室内演習場と違って、立体映像とドローンを組み合わせて各種戦闘環境を再現するようなことは出来ないが、実際に外で試してみないと分からないことも多い。
 それ以前に外で身体を動かすのはやっぱり気持ちがいい。
「ん~~~いい天気」
 アスカはアンドロイドアームを大きく上げて伸びをした。
 冬の空気は肌寒いが澄み切っていて、水色の絵の具を一面に流したような青空が広がっている。
「こういう日は動きがいい」
 アンジェが出しっぱなしにしていた触手をシュルシュルとくねらせて背中にしまった。確かにいつもより攻撃に切れがあった。
「私は寒い日は苦手だ」
 ドナが言った。
「やっぱ右腕の動きがちょっと悪くなったりする?」
「それもあるがグラビティの重力核の反応が鈍くなる。寒いのが嫌いなようだ」
「へーそうなんだ」
 それは初めて聞いた。
 アスカはドナの重力制御兵器グラビティを覗き込んだ。
 今の言い様はグラビティがまるで意思を持っているかのようだったが、それもそのはず重力核は重力を操るとある魔族の身体の一部だ。グラビティはその重力核を拘束具で封じ込めただけの代物で、本体には制御装置すらついていない。
 ならどうやって力を制御しているかというと、ドナがアンドロイドアームで無理やり操っているという思い切り力技だ。
 アスカも試させてもらったことがあるが、重力核がうまく反応しなかった。使い手の影響も受けるらしい。事実上、彼女専用だ。
「必殺技の開発に協力する話だったが、普通に訓練をしてしまったな」
 ドナが今さら思い出したように言う。アスカは笑った。
「いいじゃない。そんな必殺技なんてすぐにできるわけないし、私もムシャクシャしてて身体動かしたかったし、ちょっとすっきりした、ありがと」
「ならいいが、いったい誰を相手にしようとしていたんだ? 新必殺技などと言うからには相当な相手だろう?」
「それは私も知りたい」
 二人は興味津々に聞いてくる。まあ無理もない。あんまり話したくはないのだが。
「誰かは機密だから言えないんだけど、生身のくせに私と同じレベルで動けて、離れても近づいても自在に戦えて、対魔超粒子砲に匹敵する大技も持ってて、装備の基本スペックは私よりずっと上で……はあ、そうね、言いたかないけど私より余裕で強い女。手加減されて捻られたわ」
 投げやりに言うアスカに二人とも驚きを隠さない。
「すごい」
「にわかには信じ難いな」
「でしょ? やんなっちゃうわよね」
 こないだの負けっぷりを思い出し、アスカは肩をすくめた。


「パワーアップ?」
 アスカは最後に行ったのはDSO日本支部の長、仮面のマダムの所だった。
 アスカ以外にただ一人、大人のゆきかぜの実力を肌で知っている人物だ。
 本来なら一番最初に相談すべき相手だが、なんとなく話の展開が予想できたので躊躇っていたのだ。
「ほら、こないだあの大人のゆきかぜがやって来たとき、私ちょっと不覚を取ったじゃない?」
「手玉にとられてたわね」
「そこまで酷くないわよ。ちょっと油断しただけ。ふうまたちの知り合いの未来の姿とか聞かされちゃ、さすがの私もちょっと本気になれないし」
「まあ、そういうことにしておきましょうか。それで?」
「でね、あいつがまたこの時代に来るか分かんないけど、やっぱりやられっぱなしってのは悔しいし、ちょっとパワーアップとかしたいなあって」
「それは感心ね」
 マダムは腕組みして先を促す。なんだかお説教されているような気分になってくる。
「んで、さっき小谷っちに相談したんだけど、手足の大幅な機能強化とかは難しいって言うし、新必殺技なんかもすぐにはできないじゃない? で、どうしたらいいかなってマダムに聞きにきたんだけど……やっぱいい、やめとく」
 仮面の下でマダムの顔が呆れていくのが分かって、アスカはくるりと踵を返した。きっとこれはお説教モードだ。
「待ちなさい、アスカ」
「……!」
 声が怖い。
 日本支部の長としではなく、小さい頃からのお目付役としての声だ。アスカは首をすくめて振り返った。
「本当は自分でも敗因に気づいてるわよね?」
「えーっと、やっぱ相手は未来人だから基本的な技術レベルで負けてる的な?」
 アスカは人差し指をピンと立てて笑顔で誤魔化そうとしたが、マダムはふうと溜息を吐いた。
「それがないとは言わないけれど、なによりもあなたの心の問題ね」
「あーー」
「またかって顔しないの。心技体っていうでしょ? あなたは技も体も優秀なのにいつも心が欠けてるの。いい? この際だから言うけど――」
 マダムの長い長いお小言が始まった。


「でさあ、座禅とか言って古臭い山寺に十日も修行に行かされちゃった。もうやってらんないわ」
「その愚痴を言いにきたのか?」
「はあ? 何言ってんのよ。ふうまが私になにしに来たとか聞くから、今までの経緯を話してやったんじゃない」
「その割には長かったな」
「長うございましたな」
 ふうまとその御庭番の対魔忍ライブラリーが二人揃って疲れたような声を出した。なんで?
 ここは五車町、ふうまの家、その庭先だ。
 マダムの命令で山寺に籠らされた後、結局なんの悟りも得られなかったアスカは、やはり大人ゆきかぜを一番よく知っていそうなふうまを尋ねたのだった。
 二人はちょうど庭で稽古をしていたので、縁側でお茶しながらこれまでの話をしていたところだ。
 出されたお菓子は“もろこし”という干菓子。秋田銘菓だそうだ。硬いのに口の中でサラサラと溶けて緑茶によく合う。
「まあ、経緯は十二分に分かったが、それで俺にどうしろというんだ?」
 ふうまは面倒くさそうに聞いてきた。それを隠そうともしないのが癪にさわる。
「なんかパワーアップのいいアイデアはないかなって。やっぱ未来人なんて非常識なのを相手にするには普通とはちょっと違う発想がいる気がするのよ。そういうの得意でしょ?」
「いきなりそんな格好で来て得意でしょとか言われてもな」
 ふうまは戦闘用の手足をつけてきたアスカを見てぼやいた。
 だけど、人から物を頼まれて嫌とは言えないお人好しなのは分かっている。そういう話が嫌いじゃないのも。なによりアスカが直接訪ねてきたのだ。断れるわけがない。ふうまはちょっと考えて口を開いた。
「そうだな、お前が言ってた使いやすいアクセルモードとか対魔超粒子砲ってアイデアは悪くない。必殺の一撃は一撃として、よりコンパクトに使いたいってのはよく分かる。武器はそうやって発展してきたんだしな」
「でしょでしょ? 偉い人にはそれが分からんのですよ」
「アニメの見過ぎだ」
「あ、ばれた?」
 元ネタを分かってくれたふうまにアスカはおどけたように笑った。
「だってメンテのときとか暇だし。何時間とか下手すると半日くらい動けないんだもん」
「どんなの見てんだ?」
「どんなのって、最近ハマってるのは……サイボーグ009
「ぶはははははは、それで加速装置か、影響受けすぎだろ」
 さすがにちょっと恥ずかしくてゴニョゴニョと言ったら、ふうまのやつ爆笑した。
「そ、そんなに笑わなくたっていいでしょ」
「ちなみに誰推しだ? やっぱ009か? いや違うな。004だろ? 全身武器なあたりが誰かさんとそっくりだしな」
「わ、悪い!」
 ズバリ指摘され、アスカは赤面した。そしたら、そばに控えていたライブラリーまで軽く吹き出した。
「あーー笑った。自分もサイボーグのくせして笑った!」
「……いや、これは失礼いたしました」
 などと謝りながら俯いてプルプル肩を震わせている。もう。
「いやまあ、サイボーグとか存在自体がアニメだけどな」
「余計なお世話」
「お前、パンチとか飛ばさないのか? 定番だろう?」
 ふうまは飛ばせ鉄拳のポーズを取った。もう真面目にやる気がないらしい。しょうがないから馬鹿話に付き合ってやる。
「あれ試したことあるけど意外と使いにくいわよ」
「あるのかよ」
「ま、一応ね。けど腕のロケットだけで飛ばすには反動もきついし初速も足りないし、全身で踏み込んで打てばやれなくもないんだけど、結局それで出るのがパンチだけでしょ? だいたい私、普通に飛び道具持ってるし、風神の術も使えるしさ」
「ルストハリケーンな」
「ルストはないわよ。強酸の風とか面白いけど使いにくそうだし」
 アスカは溜息を吐いた。さっきからアニメの話しかしていない。
「あのさ、ちょっとは真面目に考えてくんない? わざわざ来たんだから」
「悪い悪い」
 ふうまは一応謝ってから、この前の戦いを思い出しているのか、視線をつと上に向けた。
「しかしなあ、装備でも技量でも経験でも負けてたしなあ。しかもあっちは手加減してたし、少々のパワーアップでこれをひっくり返すのは難しいんじゃないか、真面目な話」
「はっきり言ってくれるわね」
 アスカはブスッとした。
 悔しいがこの男の目は確かだ。だからこそ尋ねてきたのだが、そう言われて嬉しくはない。
「いっそ逸刀流でも学んだらどうだ?」
「マダムに聞いたけど免許皆伝クラスだってさ。追いつくまでどんだけかかるのって話よ」
「ライブラリー、なんかいいアドバイスとかないか?」
 ふうまは経験豊富な御庭番を見やった。さっき笑った彼はしごく真面目な口調で、
「アスカ殿、彼を知り己を知れば百戦殆うからずと申します。徒に対決しようとはせず、まずは相手を良く知り、勝てそうであれば戦い、そうでなければ戦わぬことをお考えになるのが肝要かと」
「でも自分より強くて逃げられない相手だっているじゃない? おじさんもそういうことあったでしょ?」
「もちろん何度も御座いました。そのような時こそ生き残ることを第一に考え、今に至っております。それが忍びの務めかと」
 特に力を込めているわけでもないが、その言葉にはベテラン対魔忍の自負と、それでも生き残れないことはあるという覚悟を感じさせた。ふうまも何か思うところがあるのか頷いている。
「めちゃくちゃ普通ね。まあ結局それが正しいんだろうけど」
「恐れ入ります」
「と結論が出たところで、少し稽古でもしていったらどうだ? 手ぶらで帰るのもあれだしな。ライブラリー、ちょっとアスカの相手をしてやってくれるか?」
「かしこまりました」
「やっぱりあんた真面目に考える気ないでしょ? しかも部下に丸投げとか」
 文句を言いつつも、アスカは縁側から中庭に降りた。
 ふうまの御庭番、対魔忍ライブラリー。教えてくれないが、その正体は知っている。先代当主ふうま弾正の腹心だった佐郷文庫だ。
 ふうま一族の反乱がらみで色々あって、つい最近まで特務機関Gに所属していた。
 そしてやっぱり色々あって、今は五車町の最新サイボーグ、対魔忍ライブラリーとしてかつての主人の息子に支えている。
 DSOとGとはなにかと対立しているが、幸か不幸かG時代の彼と直接やり合ったことはない。お互い噂だけは聞いていると言ったところだろう。
 その対魔忍ライブラリーはごく自然な佇まいでアスカの向かいに立っていた。その立ち姿になんとも言えない風格がある。
 見ただけで分かる。強い。
 こういう雰囲気を出せるのはアスカの知り合いで言ったらマダム、井河アサギ、こないだの大人ゆきかぜからも感じた。
「ひとんちであんまり派手なことはしたくないし、飛び道具はなしってことでどう?」
「ご随意に」
 アスカが構えると、ライブラリーも半身になって両手をすっと上げた。そのままピタリと静止する。
 光沢のほとんどない黒鉄色の身体は最初からそのように作られた彫像のようだ。
 二人ともまだ武器は出していない。まずは素手で。といってもアスカの鉄拳はコンクリート隔壁くらい簡単に粉砕する。きっと向こうも同じだろう。
 拳を握ったアスカに対して、ライブラリーはそれを受けとめようとするかのように掌を軽く開いていた。
 隙がない上に、いつでもお好きにどうぞという感じだ。そっちがそのつもりなら、
「はっ!」
 アスカは迷わず自分から踏み込んで左右のワンツー。パンパンと軽やかに払われる。
 まあこれが当たったら話にならない。けれど四肢の駆動は相当に滑らかだ。
 動きを止めずに、そのまま左のロー。お手本通りに膝を上げてガードされた。お手本通りと言っても、そこらのサイボーグなら抑えきれずに足が砕けているところだ。
 アスカはそのまま踏み込んで、ボデイに右の肘。それも柔らかく止められた。でも予想通り。肘から上を跳ね上げて裏拳を顔面に――と思ったら、いつの間にかその腕を決められそうになっている。やばい。
「っとお!」
 アスカはその手を外す方向に側転して逃れる。回ったついでに蹴りで頭を狙ったが、ライブラリーはサッと身を引いて躱した。
 と思ったのも束の間、アスカが体勢を整えようとするタイミングで死角から踏み込んできた。
 右の直突き。疾い。
「やばっ!」
 アスカは斜め後方へと飛んで逃れた。ライブラリーは追撃のために自分も跳躍しようとしている。
 かかった。
「たあっっ!!」
 アスカは足裏に風の壁を作り、それを蹴飛ばして、反転の急降下キック。
「むっ!」
 ライブラリーは素早く腰を落とし、それを十字ブロックで受け止めた。
 鋼鉄の体同士がぶつかり合う重苦しい音が響く。ライブラリーの身体がググッと深く沈んだが、惜しい。うまく威力を殺された。
 アスカは妙なことをされないうちに、相手を踏み台にして後方にジャンプ。距離をとって構え直す。
 ここまでが最初の攻防だ。
「おじさんやるわねー。ボディのバランスはいいし、なによりおじさん自身が超達人って感じね」
「恐れ入ります。アスカ殿もさすがですな」
「だてに“鋼鉄の対魔忍”は名乗ってないし。じゃ第二ラウンド。私について来れる?」
 アスカはボディの光学迷彩を作動させた。その身体がすーっと周囲の光景に溶け込んでいく。
「しからば」
 ライブラリーは慌てず騒がす自分も姿を消した。
 アスカの光学迷彩とは消え方が違う。多分、身体を結晶化させるかして、光を素通りさせている。忍法だ。
 見えなくなったのはお互い様。
 それに相手の動きが捉えれられなくなったわけじゃない。
 アスカは風を読む。
 身体が動くときの僅かな空気の震え、そして常人には聞こえないほどの音が相手の位置を、動きを正確に教えてくれる。
 ほらきた。左から踏み込んできて右の拳。疾い。左手で弾いて、こっちもボディに右。ガードされた。
 ってことは、どういう手段か分からないが、あっちも“見え”てる。そうなくっちゃ。
 試しに右に左に素早くステップして、見えてるならのジャブをフェイントで入れてからの足払い。ほらちゃんと避けられた。やる。
 っと感心してる場合じゃない。今度は向こうからの攻撃。
 左、右と矢のような突き。続いて対角の左下から抉り込むようなフックが来る。どれもこれも早くて重い。もちろんこっちだって全部防ぐ。最後の右膝は左膝で受け、その反動を使って距離をとる。ふふん、どうよ。
「二人とも見えない同士でバシバシやってるのはアニメみたいだが、俺は何も分からないぞ」
 ふうまが呑気そうに言った。まだアニメがどうとか言ってる。あのバカ。
「お館様はああ言ってるけど?」
「確かにお互いに見えているのと変わりなければ姿を消す意味がありませんな」
「まあねっ!」
 別にふうまに見せるためという訳ではないが、アスカとライブラリーは正面からガシンとぶつかり合い、お互いに手を組んだ状態で姿を現した。プロレスで言う手四つ、力比べの体勢だ。
 アスカのアンドロイドアーム&レッグと、ライブラリーのフルアンドロイドボディがミシミシと軋んだ音を立てる。
「パワーも互角のようですな」
「って思ったなら甘いわ、おじさん!」
 アスカは力比べを拮抗させたまま、さらに両手両足のパワーバランスを超高速で変化させた。
「むっ」
 ライブラリーが僅かに唸る。
 彼女の四肢の駆動速度にボディがついてこれない。重心がぐらりと崩れる。いける。
「やあっ!」
 アスカは柔道で言うところの隅落とし、別名空気投げの要領でライブラリーを捻り投げた。
 つもりだったが、その身体が綿のように軽い。自分から飛んでわざと投げられている。ミスしたときのフォローが早い。
 アスカは追撃を加えようとしたが、地面に手をついたライブラリーの身体がぶうんと旋回し、カポエイラのような蹴りで彼女を牽制しながら、その動きで素早く身を起こしている。
「ふうまの古武術がベースかと思ったら、そんなダイナミックな動きもできるんだ。ほんとやるわね。でもボデイの制御にかけちゃ私の方が一枚上みたいね」
「感服しました」
「まあねー」
 アスカは自慢げに言ったが、内心では戦々恐々としていた。
 まっずいわね。
 この“感じ”、マダムや大人ゆきかぜとやったときとよく似てる。
 なんかこっちの動きが読まれてるっぽい。先手をとってもそれで防がれちゃう。そんな分かりやすい動きしてないんだけど。キャリアの差かあ。
 身体の制御はまだ私の方が上みたいだし、思い切って組んでみたんだけど、今の投げで決められなかったのは痛いなあ。さあてどうしよう。
 アスカにしては珍しく次の攻め手に迷っていると、ライブラリーの背中側にいるふうまがアスカに視線を送ってきていた。
 え? なに?
 その手が細かく動いている。ふうまが部隊を指揮するために使っているハンドサインだ。この前の一件でも見せていた。
 その時は読み方が分からなかったが、ふうまが大人ゆきかぜに「忘れてないだろうな?」と聞いて、彼女が「忘れるわけないでしょ」と言った顔がものすごく嬉しそうで可愛くて、「あ、いいな、羨ましい」と思って、もちろんそんなこと言わなかったけど、後で教えてもらったのだ。
 それはともかく、私に味方してくれるんだ。で、作戦は――ふうん、面白そうじゃない。
「ふうま! 飛び道具はなしって言ったけど、家とか壊さなかったら別にいいわよね!」
「おいちょっと待て! 何するつもりだ!」
「すぐに分かるわ!」
 アスカは両手からブレードを出し、さらに風の力で宙に舞った。
 ライブラリーも腕のブレードを出し、上空からの攻撃に備える。
「それでどうなさいます?」
「こうするのよ、陣刃!」
 ブレードを勢いよく振り下ろす。圧縮した風の刃を上から叩きつける。
「ふむ」
 ライブラリーのブレードが一閃した。見えない刃が両断される。風が割れるときのボシュっという奇妙な音が響き渡る。
「一発でダメなら、陣刃乱舞!!」
 アスカは二発、三発と立て続けに陣刃を繰り出した。
 ライブラリーはそれらを全て捌いていく。逃げようと思えば逃げられるだろうが、そうすると庭が傷ついてしまう。御庭番としてそれはないと踏んだ。
 案の定、その場に止まってアスカの陣刃を一つ一つ切り捨てている。飛び散った風で地面に幾つもの亀裂が走ったが、家屋はもちろん植木などは無事だ。流れ弾が飛んで行かないようにちゃんと気を遣っている。これも予想通りだ。
「急に攻撃が雑になりましたな」
「もうチマチマやりあうのが面倒になったの! でやああ!」
 アスカは一際大きな陣刃をぶちかまし、それを防ぐために身動きが取れなくなったライブラリーに急降下攻撃を仕掛けた。
「甘い!」
 ライブラリーの気がぐんと膨れ上がった。
 赤熱したブレードで風の大刃を両断し、アスカの蹴りを寸前で躱して、カウンターを決める。
 つもりだったのだろう。分かる。でもさせない。
「む!?」
 ライブラリーが足を取られていた。いや、取られたというほどじゃない。本来の動きよりほんの少しだけ遅くなった。
 理由は風だ。
 アスカが上からばら撒いて、全部切られた風の残りが練達の足捌きをこっそり邪魔したのだ。
「風神・空裂嵐!」
 虚をつかれたライブラリーにアスカの旋風蹴りが炸裂する。
 さすがに直撃は防いだものの、さっきと違ってその威力を殺しきれず、ライブラリーはたたらを踏んだ。その喉元にブレードを突きつける。
「勝負ありね」
「参りました」
「やったあ」
 ガッツポーズをするアスカにふうまがいきなり文句を言う。
「お前やりすぎた。庭がえらいことになってるぞ」
 確かに最後の大陣刃と空裂嵐の余波で地面のあちこちが抉れている。庭木もちょっと折れたりしていた。
 あ、まずいかなーと思ったアスカだったが、ここは腕組みして強く出る。そもそも、
「ふうまがああしろって指示したんじゃない。わざと風を防がせてこっそり足止めしろって。技の廃物利用とかセコいやり口がいかにもふうまね。でもちょっと参考になったわ、ありがと」
「ここまでやれとは言ってない。すまん、ライブラリー。庭を直すのは手伝う。もちろんアスカもだ」
「えーー、私もやるの?」
「当たり前だ」
 結局、アスカはそれから数時間、ふうまと二人、庭の修復を手伝う羽目になったのだった。


「よし、これでだいたい元通りっと」
 アスカは手足についた土埃をパンパンと払って庭を見渡した。
 ごっそり抉れていた地面を元に戻し、折れていた庭木を専用の接着剤でくっつけたり結んだりと、その修繕の後は残っているが、ぱっと見は元通りだ。
「まあ、こんなもんだな」
 ふうまがとんとんと腰を叩いていた。年寄り臭い。でも一人だけ生身だから多分一番疲れている。ちょっと悪いことしたなあと思いつつ、アスカは彼でなくお庭番に言った。
「ライブラリーのおじさん、ごめんなさい。今度はやるときはもっと広いとこでね」
「それがいいようですな。お二人ともお疲れ様でございました。ご協力に感謝いたします」
「じゃあ私、帰るわ。ふうま、今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかった」
「なんだ。飯くらい食っていけよ。腹減ったろ」
「ありがと。でもやめとく。手足汚れちゃったからちゃんと洗いたいし」
「そうか、またな」
「またお越しくださいませ」
「うん、じゃあね! とおっ!」
 アスカは風神の術を使って浮かび上がり、そのままびゅーんと飛び去って行った。
 颯爽と言えば聞こえはいいが、大胆すぎる帰還にふうまが呆れた声を出す。
「せめて歩いて帰れよな」
「あれでは002ですな」
 ライブラリーが真面目な顔で言う。
「実は結構好き?」
「私にも少年時代はございましたから」
「ごもっとも。ところでさっきの模擬戦、ひょっとして俺たちの作戦に気付いてたんじゃないか?」
「お館様同様、未来ある若人を導くのは年長者の務めにございますれば」
「ライブラリーには叶わないな」
 一礼する御庭番にふうまは苦笑し、アスカが飛んでいった夕焼け空を見上げた。

 

(了)

 

 

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【制作後記】

 本作は“鋼鉄の対魔忍”こと甲河アスカのショートストーリーで、大人ゆきかぜをヒロインにした『雷神の対魔忍』の後日談になっている。

 彼女の初出は、私がメインシナリオを担当したゲーム『対魔忍アサギ3』からで、マッハパンチに風神ブレード、滅殺マシンガンに皆殺しミサイル、そして必殺のアクセルモードに対魔超粒子砲と戦闘は一人で全部こなし、光学迷彩で隠密行動もお手の物、ジェットスクランダーもなしに空を飛ぶというスーパーガールで、ゲームではアスカルートの主人公もつとめている。

 ただ、その一人で何でもできるキャラが災いしてか、作中では単独任務についていることが多く、チームプレイが基本の対魔忍RPGでは今ひとつ出番がない。出てもちょい役で、イベント新キャラのサポートに回ることが多い。

 彼女視点のイベントとなった『降ったと思えば土砂降り』でも、プライベート用の武装のない手足をつけて能力を制限している。それでも竜巻とか普通に起こすのだが。

 そんな彼女が『雷神の対魔忍』では大人ゆきかぜに負けるという珍しい展開になった。せっかくなのでその後日談を作ってみた。

 むろん、非公式であり、アクセルモードや対魔超粒子砲の設定その他は適当である。本編と違っていても勘弁して貰いたい。

 2021年はその本編の方でもアスカが活躍することを期待している。