対魔忍RPGショートストーリー『魔界騎士にメイド』
「ドロレス? おーいドロレスー!? どこだー? うーんダメだ。はぐれてしまった。困ったな」
ノマドの魔界騎士のリーナ、今日はチェックの入ったピンクのワンピースに黒の重ねスカート、手首には黒いバングルをはめ、髪は高めのポニーテールにして、ピンクのポシェットをエレーナから借りてと、普段よりもずっとガーリーな見た目になった彼女は一人途方に暮れていた。
ここは地下都市ヨミハラではなく、地上のとある街だ。そこで行われているゲームショウ、東京・エンターテイメント・フェスティバル、通称TES(テス)の会場に彼女はいるのだった。
大のゲーム好きのドロレスに「一人じゃ怖いから一緒に来て」と頼まれたからだが、会場のあまりの広さ、あまりの人の多さに気がついたら離れ離れになっていた。
一人じゃ怖いなどと言っていたわりには、ドロレスはあれが見たいこれが見たいと、どんどん先に行ってしまった。どうも置いていかれたようだ。
ドロレスによれば世界三大ゲームショウの一つだとかで、周りはとにかく人、人、人、そしてゲーム、ゲーム、ゲーム、そればかりだ。
普段ゲームなどしないリーナには完全アウェイで、なにがなんだかさっぱり分からない。自分がどこにいるかも分からない。つまり迷子だった。
「そうだ、スマホで連絡を――だめだ、電源が落ちてる」
借り物のポシェットからスマホを取り出したが、いつのまにかバッテリーが切れていた。モバイルバッテリーも入れ忘れている。
これではこっちから連絡が取れない。ドロレスからかかってきても受けられない。
ちょうどポシェットに入るので“風の魔剣”は持ってきていたが、さしあたり役には立たない。
「困ったな。それにしてもやたらと蒸し暑いな。人混みで酔いそうだ」
ゲームには詳しくないが、ここの熱気はものすごいものがある。ちょっと異様なほどだ。
ゲーム好きのドロレスは妙にテンションが上がっていたが、そうでないリーナは居心地が悪い。あまりの人いきれで押しつぶされそうだ。
「はあ、どうしよう……」
ちょっとクラクラしてきて、リーナはすぐ近くの壁に寄りかかった。そこら中で点滅しているゲーム画面のチカチカも気になるので、目を閉じる。
周りが騒がしい分、なんだか寂しくなってしまう。元気のでる歌を小さく口ずさむ。
「ずっこけることもあるだろさ……ポンコツることもあるだろさ……だけど私はくじけない……楼嵐武闘だヘイチェケラ」
「あの、大丈夫ですか?」
「わあ」
突然声をかけられて目を開けると、一人のメイドが心配そうな顔をしていた。
紺のワンピース、フリルの付いた白いエプロン、頭には同じくフリルのついたカチューチャ、白い手袋に長いブーツ、どこからどう見てもメイドだ。涼やかな声と表情が印象的な少女だ。
「だ、大丈夫だ。あまりこういう場所に慣れていなくてな。暑くて人が多くてちょっと酔ってしまった」
「分かります。私もそうですから。ちょうど今、冷たい物を持ってきています。麦茶ですがよかったらどうぞ」
親切なメイドは水筒を取り出して、 カップに麦茶を注いでくれた。
「ありがとう」
リーナは遠慮なく飲ませてもらった。きんと冷えた麦茶が火照った身体に心地いい。
「美味しかった。ごちそうさま」
「お粗末様でした」
メイドは穏やかに微笑んで水筒をしまった。
「さて、ドロレスを探さないとな」
「誰かをお探しなのですか?」
「一緒に来た友達だ。いつの間にかはぐれてしまった。スマホの電源も切れてしまって連絡できなくて困っている」
メイドは少し驚いた顔をした。
「まあ、実は私もご主人様とはぐれてしまって」
「なんだそっちもか」
「はい、私のスマホは大丈夫なのですが、どうもここは電波が繋がりにくいようで、どうしても連絡がつきません。やむを得ず歩き回って探しております。このお方ですが、どこかで見かけませんでしたか?」
彼女はスマホを取り出して、 探しているという主人の写真を見せてくれた。
男にしては髪が長めで、なぜか右目を閉じていること以外はこれといって特徴のない顔だ。以前、どこかで見たような気もするが気のせいだろう。
「いや、見ていないな。すまない」
「そうですか。ゲーム好きなお方ですから一人であちこち回っていると思うのですが、私はあまりゲームのことには詳しくないので」
「私もだ。いつの間にか置いてきぼりだ。お互い付き添いなのにしょうがないな」
「ええ、本当に」
リーナはメイドと顔を見合わせて笑った。
「そうだ。よかったら少し一緒に探さないか?」
彼女はそう言われるとは思っていなかったような顔で、
「それはかまいせんが、私はそちらが探している方のお顔が分かりません」
「かまわない。正直、誰か話し相手が欲しいんだ。ここは完全アウェイで、一人だと自分がどこにいるかもよく分からなくて不安なんだ。同じ境遇の相手がいると落ち着く。どうだ?」
「分かりました。ではご一緒にまいりましょう。申し遅れました。私、出雲鶴と申します」
彼女はスカートを両手で摘んで挨拶した。
「私はリーナだ。ノマ――」
ノマドの魔界騎士と言おうとしたリーナはそこでハッとした。
出かける前、イングリッドに「地上ではあまり大っぴらに正体を明かさないようにな」と言われていたのを思い出したのだ。
「のま?」
鶴が首を傾げている。
「あ、いや……のま、のま、飲ませてくれてありがとう、麦茶を」
「あ、はい。どういたしまして」
「それでだな。探している友達はドロレスというんだ。フリフリのピンクのワンピースを着ていて、左右の髪をこうリボンで結んでいて、背丈はこれくらい、身体もすごく細くて、私よりずっと幼い感じだ」
リーナは身振り手振りを交えてドロレスの特徴を伝えた。
「分かりました。そのような方を見たらお伝えします」
「頼む。では行こう」
「はい」
こうしてリーナは偶然会ったメイド、出雲鶴と行動を共にすることになった。
「リーナさんはドロレスさんが行く場所に心当たりとかはありますか? 見たがっていたゲームのタイトルとか?」
「うーん、色々言っていたんだが、あんまり興味がないから覚えてないんだ」
「私もです。なんとかZという名前を口になさっていたのですが、なんとかの部分を忘れてしまいました」
「あれじゃないか? 『超スパルタンZ シルビアの逆襲』」
リーナはふと目に入ったブースの看板を指さした。カンフー姿の男がチャイナドレス姿の女と戦っている絵が描いてある。
他と同じように、そのブースにもお試しプレイ用のゲームが何台か置かれていて、マニアたちがガチャガチャと凄い勢いでレバーを動かしていた。
「そんな逆襲とかは付いてなかったと思いますが……」
鶴はちょっと首を傾げつつも、集まっているゲーマーたちの顔を確認している。
「いないようです」
「ドロレスもいないな」
二人はそこを離れ、次のブースを確認する。そこもいない。その次、またその次と見ていく。
どこもやたらと人が集まっている上、みんなゲームに夢中なので、いるかいないか確かめるだけでも一苦労だ。
ただリーナもそうだが、鶴も決して人とぶつかったりはしない。人混みのなかをスルスルと流れるように動く。見事な身のこなしだ。それにあの手足はもしかして、
「聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「その手足は機械なのか?」
鶴ははっと驚いたような顔をした。
「……よくお分かりですね」
「そういう知り合いが何人かいるんだ。皆、見事な腕前の持ち主だった。鶴もそうだ。隙のない綺麗な動きだ。かなりの心得があるようだな」
「…………」
いきなりそんなことを言い出され、鶴は少しだけ警戒したようだ。顔には出さないようにしているが、その機械の手足を含む身体が、もしリーナがなにかをしてきても対応できる態勢をとっている。
けれどリーナに他意はない。そのあたりの魔族らしからぬ素直さは、イングリッドにもよく言われるが、彼女の長所でもあり短所でもある。
鶴もすぐにそれが分かったらしく、あっさりと警戒をといた。
「おみそれしました。ご主人様のために戦うこともメイドの勤めですから、いささが心得がございます」
「それは立派なことだな」
「ありがとうございます。そちらも並のお方ではないとお見受けします」
「もちろんだ。私はまか――」
「まか?」
「い、いや……まか、まか、任せてくれ。私も主人と決めたお方のために日々精進しているんだ。今日はこんな格好をしてるけどな」
危ない危ない。今度は魔界騎士と言いそうになった。なにしろリーナにとって一番の誇りだ。つい口に出てしまう。
鶴はくすりと笑って、
「素晴らしいことです。でもその格好もよく似合っておいでです。とても可愛らしいですわ」
「そうか? こういうのあんまり着ないからな。妙に顔が熱くなってしまう。うーん、ほんとに似合ってるのかな?」
などと首を傾げつつ、意味もなくその場でくるっと回ってみたりした。鶴が小さく拍手してくれた。
それはいいのだが、周りからもちょっと声が上がっていた。
自分では気づいていないが、スカートをひらりとひるがえすリーナの姿は確かに愛らしかった。
しかもすぐ横にはメイドがいる。人目を引かないわけがない。 スマホを取り出す不届き者さえ現れた。
「な、なんか注目されてるな。恥ずかしいぞ」
「そ、そうですね、行きましょう」
リーナと鶴はそそくさとその場を立ち去る。その姿もお嬢様とお付きのメイドという感じでやはり目立っていた。
そんなこんなで、二人して会場をぐるぐる回ったが、探し人は見つからない。人はますます増えてくる。
「これは時間がかかってしょうがないな」
「全部見ていたらショウが終わってしまいますね」
さすがにうんざりしながら、また次のブースに行こうとしたところで、
「あっ」
鶴が驚いたような声を出した。
「いたのか?」
「いえ、そうではないのですが、あれがちょっと気になったもので……」
戸惑っているような顔をして、そのあれを指さす。
「スーパーアクション対魔忍7DX?」
「対魔忍のゲームのようです。そんな物もあるんですね」
「へえ、面白いな」
リーナは感心した。対魔忍をゲームにするとは人間は妙なことを考える。
そこは今までで一番大きいブースで大勢の人が集まっていた。かなりの人気らしい。
広いブースの真ん中には直径5メートルほどのプレイエリアがあって、プレイヤー以外は入れないように柵で囲われている。
なぜか柵の中だけ街中のようになっていて、そこで対魔忍の格好をした小太りの男がオーク相手に刀を振り回していた。
「なんか戦っているな」
「自分の身体を使って遊ぶゲームのようですね」
「ああ、そんなのもあるとドロレスも言っていたな。最近の流行りだそうだ」
「そうなのですか」
よく見ると、男が戦っているのは本物のオークではなく、ホログラムで作り出されたものだった。結構リアルな映像のオークが空間に浮かび上がっている。
男が手にしている刀、着ている対魔忍服、街中の風景もみんなホログラムだった。その中で実際に身体を動かすための、あの広いプレイエリアのようだ。
「ずいぶんと大掛かりなゲームだな」
「遊園地のアトラクションのようですね」
プレイエリアの周りにはモニタがいくつも並んでいて、中で戦っている様子を色々な方向から映し出していた。順番待ちの人はそれを見ながらあれやこれやと話している。
「しかしへっぴり腰だな」
「そうですね」
「あ、やられた」
小太りの対魔忍がオークの一撃を食らっていた。棍棒が男の頭に振り下ろされている。
現実なら即死だが、ゲームなので別にどうということはない。
男の対魔忍服が消えてなくなり、『GAME OVER』という文字が空間に表示された。
やられてしまった男は悔しそうに、だがとても楽しんだという顔でプレイエリアから出てきた。
「どうする? ここも探してみるか?」
「人気ゲームのようですし、まあ一応」
しかし順番待ちの列がずらりと並んでいて、それに混じる形でないと人探しもできない。しょうがないので最後尾につく。
列の前の方にいないか背伸びをしたり、後から並んだのではないかと何度も振り返ってみたり、今プレイしているのではないかとモニタを見上げてたりと、最後の一つ以外は結構周りの邪魔になりながらしばらく探していたら、
「お待たせしました。こちらお二人様ですか?」
係の女性が二人に聞いてきた。いつの間にか順番が来てしまったようだ。
リーナと鶴は顔を見合わせた。この楽しんでいってくださいねというニコニコ顔、今更ゲームをする気などなかったとは言いにくい。
「ちょっとだけ試してみるか?」
「そうですね、ではちょっとだけ……」
二人はプレイエリアの中に入った。さて何が始まるのだろう。
周りが一瞬暗くなったかと思うと、 目の前に『スーパーアクション対魔忍7DX』というロゴが浮かび、じゃんじゃかと派手な音楽が流れ出した。そしてホログラムの女対魔忍がパッと現れる。
『対魔忍参上! 君が新しい対魔忍だね。期待してるよ。さて君はどんな忍法の使い手なのかな? 今から私が調べちゃうよ! 対魔忍サーチ!』
その対魔忍はやたらと軽いノリで話しかけてくる。
井河さくらみたいだな。
顔も声も違うのだが、前に異次元クラゲ事件で助けてもらった対魔忍のことを思い出す。
「……さくら先生?」
横で鶴もその名を口にしていた。驚いているような呆れているような顔だ。
「先生?」
「い、いえ、知り合いの方にちょっと雰囲気が似ていたものですから、お気になさらずに」
鶴はそう誤魔化していたが、もしかしたら本当に井河さくらの生徒で、本物の対魔忍なのかもしれない。だとすれば手足が機械なのも、かなりの心得がありそうなのも頷ける。
とか思ってるうちに、その対魔忍はビシッとリーナを指差した。
『よし決まった! 君は風遁の術の使い手だ! 風を自在に操っちゃうよ!」
「だろうな」
実際、リーナは風を良く使う。本当になにか判定していたのか、たまたま同じになったのかは分からない。
鶴も決まったようだ。
『おっ、君は金遁の術使いだね! 栗きんとんじゃないよ。金属を操れるんだ!」
「……金遁、まあ別にかまいませんが」
ボソッと呟いている。かまいませんと言いつつ、ちょっと不満そうな顔だ。
次は武器と対魔忍服を選べと言われた。
武器は刀、小太刀、薙刀といった近接武器から、クナイ、弓矢、拳銃といった飛び道具まで色々あり、攻撃力だの防御力だのとややこしい数値が表示されていたが、まるで分からないので一番最初に出てきた刀にする。
右手を握ると、その刀を持っているようにホログラムが映し出される。当たり前だが、刀を持った感じも重さもない。
服も武器と同じで、形や色を好きに選べるらしい。
もしかしてイングリッドのようなカッコいい服がないかと一通り見てみたがなかった。リーナが普段着ているようなものもない。
いくらゲームとはいえ魔界騎士の自分が対魔忍の格好をするのはなにか違う気がする。
「服はこのままでいい」
試しにそう言ってみたら、
『対魔忍スーツを着ないんだね。やるねえ。そんな君にはたまに敵を一撃で倒しちゃうスーパークリティカルのスキルをプレゼントするよ!』
なんのことだか分からない。
「私も服はこのままでお願いします」
鶴もメイドの姿のままだ。
武器は手甲剣と呼ばれるガントレットと小剣が一体化したようなものを右手につけていた。
小剣を手に持つより威力を乗せやすいが、リーチが短いので接近戦主体にならざるを得ず、手首も全く使えないので扱いが難しい武器だ。
「それが得意なのか?」
「ゲームですからなんでもいいのですけれど」
鶴は少し照れくさそうな顔をして、実体のない手甲剣を軽く振ってみたりしている。
『まずは対魔忍の基本的な戦い方を教えちゃうね!』
チュートリアルが始まった。人形ドローンのホログラムが表示されて、言われた通りに攻撃していくのだ。
手応えは全くないが、グラフィックの刀でグラフィックのドローンを斬るとちゃんと斬った感じに変化する。ちょっと面白い。
『赤く光ってるところは敵の急所だよ。うまく当てて大ダメージを狙っちゃおう!』
言われたのでやってみると、なるほど、ドローンがボカンと爆発した。
「敵がわざわざ急所を教えてくれるのか」
「実戦ではそんな親切な敵はいませんね」
「そうだな」
『次は連続攻撃だ!』
「こうか?」
これも指示通り、右、左と袈裟懸けに切り込んでから真ん中に突きを入れてみる。
そうするとダメージが大きくなるらしい。他にも決まったコンビネーションがあるようだ。
「連続攻撃というのは敵の動きに合わせて入れるもので、ただ決まった順番で攻撃するのではないと思うが」
「そこはゲームだからでしょう」
「そういうものか。なんか剣が光り出したぞ。別になにもしていないが」
「こちらもです。なんでしょうね」
その答えはホログラムの対魔忍が教えてくれた。
『よし! 対魔忍ゲージが溜まったよ! 君の必殺忍法で敵を一網打尽だ!』
「必殺忍法? なんだそれ?」
「さっき決まったあれではないでしょうか?」
「私は“風遁の術”だったな」
リーナは思わず呟いただけだが、その言葉が忍法発動のキーワードになっていたようだ。
ぶおおおおおおお!!
突然、目の前に竜巻が巻き起こりドローンがバラバラになった。
「あ、なんか出た」
リーナはキョトンとした。自分で技を放っていないので、実感がまるでない。
「では私も。金遁の術」
ぐさぐさぐさぐさ!!
今度は地面から無数の槍が突然現れて、敵を一瞬にして串刺しにしていた。
「今のが金遁の術のようです。こんな簡単に技が出たら楽ですね」
「まったくだ」
その後も、攻撃の躱し方――これは実際に身体を動かして避ける。防御の仕方――これは武器の腹を敵に向けて立てると一定時間だけ対魔バリアが張れる、とかを教わっていった。
『これで訓練はおしまい。後は実戦でガンガン鍛えていこう。あっ、ちょうど街中でオークの群れが暴れてるよ。さあ対魔忍出動だ!』
周囲の画面がパッとどこかの街中に変わった。確かにオークの群れがそこで暴れている。
「ちょうどにもほどがあるな」
「そうですね」
鶴は笑っていた。リーナと同じでちょっと面白くなってきたらしい。とりあえず二体のオークがこちらに気づいた。
「ぐああああああ!」
リーナに近づいてきたオークは棍棒をぶんと振り下ろしてきた。見た目と声は派手だがさすがに殺気はこもっていない。
「ふうん」
リーナは左にひょいと避けつつ、棍棒を持った手首を試しに斬ってみた。ズバッという音がして、派手に血が吹き出した。もちろんそういう映像だ。
手首はちゃんと切断されたが、なぜかそこに『258』という数字が浮かび上がる。
「なんだこれ?」
よくわからないが、そのまま死角に踏み込んで首をぽんと刎ねる。
今度の数字は『386』、それと『CRITICAL』という文字も出てきた。
首を切られたオークは前のめりに倒れた。死んだらしい。その死体はすぐに消える。
「映像と音だけですが基本はよくある戦闘シミュレーターと似ていますね」
鶴も自分のオークをあっさり倒していた。あちらは横なぐりの棍棒を頭を下げて躱し、内懐に踏み込んで心臓を一突きにしたようだ。
「戦闘シミュレーター?」
「似たような装置で戦闘訓練をしたことがあります。もっと実践的なものですが」
「私はこんなのは初めてだ。結構面白いな」
二体の仲間をやられ、向こうで暴れていた残りのオークがどっと押し寄せてくる。
「あれも倒せばいいのかな?」
「だと思います」
「じゃあ倒すか」
「はい」
リーナと鶴は群がるオークを次々に倒し始めた。
それで分かって来たが、攻撃すると出る変な数字はダメージを数値化したものらしい。
リーナの感覚とはかなり違うものの、しっかり斬れば大きなダメージになり、軽く斬れば小さなダメージになる。小さなダメージでも頭や心臓の急所に当てればちゃんと倒せる。
だから、チュートリアルで教えられた光っている弱点や、順番が決まっている連続攻撃、それから必殺忍法のことなどは気にせず、自分のペースで普通に戦っていた。
なにしろゲームのオークはどれも似たような動きで、似たような攻撃をしてくる。避けるのも当てるのも簡単だ。
たまに手や足をちょっと斬られただけで死ぬのもいた。それが敵を一撃で倒すスーパークリティカルらしい。勝手にそういうことをされるとペースが狂う。
「ん?」
何体か倒したところで、リーナの左斜め前あたりにまた別の数字がプカプカ浮かんでいるのに気づいた。
「12?」
なんだろうと思いながら、また一人斬ると『13』になった。
「あ、増えた」
「どうも攻撃した回数みたいですね」
「それを数えてどうするんだ?」
「さあ?」
それはこの手のゲームによくある連続ヒットのコンボ数だった。二人ともただの一度も空振りしないので、その数は増えていくばかりだ。
積み重なるコンボ。今までのプレイヤーとは明らかに違う、その道の達人を思わせる身のこなし。
しかも一人はポニーテール、一人はメイドと、まるで格闘ゲームから抜け出てきたような美少女コンビだ。
リーナが刀を振ればポニーテールがリズミカルに揺れ、スカートもいい感じにひるがえる。
対する鶴はどれだけ激しく動いても、メイドのスカートが見えそうで見えない鉄壁の構えを誇示する。
周りで見ていたギャラリーが色んな意味で沸き立ち始めた。
「なんかまた注目されているな」
「みたいですね。これでご主人様が見つけてくださるといいのですか」
などと言いながら、二人で三十体ほどのオークを倒すと、突然ブーブーブーと警告音が鳴り出した。
「なんだ?」
「なんでしょう?」
『WARNING』という文字が点滅し、これまでより二回りほど大きなオークが現れた。
大袈裟な甲冑を身に纏い、両手持ちの大斧を手にしている。
『BOSS オークソルジャー』
「あれがボスか」
と文字が出ているからにはそうなのだろうが、見た目がちょっと違うだけで、数多くの配下を従えるボスの存在感はない。
「ごあああああああああああ!!」
オークソルジャーはやはり声だけといった雄叫びを上げた。
異変が生じたのはその時だった。
「なんだ?」
薄らとした黒いもやのようなものがプレイエリアの外、会場全体から集まり、オークソルジャーに吸い込まれていく。微かだが邪気を感じる。それが会場の至る所から湧き上がり、ここで一つに集まって凝り固まっていく。
「グアアアアアアアアアアア!!」
オークソルジャーが再び吠えた。
リーナのうなじのあたりがゾワっと逆立った。
さっきまでとは違う。ただの映像ではない。はっきりと存在感がある。なにかいる。あそこに。
「なにか取り憑いたようですね」
鶴が言った。その横顔がきりりと引き締まっている。
「ここは人が多くて妙な熱気に満ちているからな。ああいう邪気の類が集まりやすいんだ。普通ならどうということはないが、あのオークが依代にちょうどよかったのか、私たちに引き寄せられてきたのか、そこら中から集まって力をつけている」
「つまり良くないものですね。倒しましょう」
「その方がいい」
二人の敵意を邪気が感じ取ったのか、元からゲームで戦うことになっていたからか、オークソルジャーが猛然と向かってきた。狙いはリーナだ。
「ぐごああああああ!!」
その叫びにはっきりとした殺気が篭っている。こちらを殺そうとしてくる本物の敵だ。
「来いっ!」
リーナに臆するところはない。
突進してくる敵にあえて自分から向かっていく。
慣れないゲームに戸惑っていた気持ちが消え、動きが本来のキレのあるもの、魔界騎士のそれに戻っている。
鶴が思わず「疾い」と瞠目するほどのものだ。
オークソルジャーはリーナを迎え撃たんと立ち止まり、怒号と共に大斧を振り下ろしてきた。だが遅い。
リーナはそれを左斜め前にさらに踏み出して避けつつ、敵の懐に入って、がら空きになった胴に一撃を――
「リーナさん、刀!」
「え?」
あっ、しまった。これはゲームの刀だ。邪気が取り憑いたオークがこれで斬れるのか? ええい、ままよ。
「たあっ!」
そのままゲームの刀で胴を撫で斬りにしてみる。
「ぐっっ!」
オークソルジャーが呻き、その動きが止まった。効いたのか?
「がああっ!!」
敵は大斧を激しく振り払ってきた。駄目だ。中の邪気には効いていない。さっと後ろに引いてそれを躱す。
「てやあああっ!!」
リーナと入れ替わるように、逆サイドから鶴が飛び込んで、オークソルジャーの腹に右の蹴りを入れていた。
ズンという重い踏み込みの力を全て乗せた見事な突き蹴りだ。本当に得意なのは足技らしい。
オークソルジャーの巨体が派手に吹っ飛び、ホログラムの映像がぶんっと一瞬乱れたが、
「駄目です。おかしな話ですがゲームの鎧が邪魔をしています」
「こちらもだ。オークには攻撃が当たったが、中の邪気にはゲームの刀が素通りだ。当たり前だけどな」
「双方の性質を持っているというわけですか」
「そうなるな」
ゲームの武器では本体にダメージを与えられず、現実の攻撃ではゲームの鎧が邪魔をする。
思ったよりもやっかいな相手だ。さて、どう攻めるか。
斧を頭上でブンブンと振り回しているオークソルジャーから距離をとりつつ、次の出方を考えていると、
「鎧! 鎧! 剥がして鎧!」
「弱点! 弱点! 鎧!」
周りのギャラリーから一斉に声が上がった。オークソルジャーを指差して叫んでいる。
「なんだ?」
「弱点を突いて鎧を剥がせということでしょうか?」
大勢があっちこっちでワーワー言ってるので分かりにくいが、そういうことらしい。
確かに、オークソルジャーが着込んだ鎧のあちこちが例の弱点の赤色に光っている。
「よし、やってみよう。私たちはゲームには不慣れだ」
「分かりました。ならば鎧の弱点の方はお任せできますか? 私よりリーナさんの方が動きが早いです」
「任せろ。鶴はまた足で攻撃するのか? 武器はないのか?」
「ございます。これを使わせて頂きます」
鶴はスカートの裾を持って一礼すると、編み上げブーツで床をタタンと打ち鳴らした。
その途端、ブーツもタイツもまとめて両足がキュンと鋭いブレード状に変形した。アンドロイドレッグの武器化だ。
その様を見てギャラリーがどっと歓声をあげる。
「かっこいいな。ではいくぞ!」
「はい!」
リーナが再び先陣を切る。
オークソルジャーの怒気が膨れ上がっている。その内に潜む邪気が放つ怒気だ。
「ぐああああああああ!!」
オークソルジャーは頭上で旋回させていた斧を間合いのはるか外からぐいと突き出してきた。
その先端からどす黒い邪気の塊が火球のように打ち出される。
「むっ」
あれを避けるのは簡単だ。
でも、そうしたら後ろで見ているギャラリーに邪気球が当たってしまうかもしれない。
プレイエリアの外までは攻撃が届かないかもしれないが、そんなリスクは犯せない。
リーナは左手をポシェットに突っ込み、“風の魔剣”をスラリと引き抜いた。
「サマーストーム!」
繰り出したその刃が渦巻く風を生み出し、邪気球を一瞬で相殺した。
「うおおおおおおおおお!」
ギャラリーがものすごい勢いで湧いた。
ちょっと驚いたが、リーナは右手にゲームの刀、左手に風の魔剣を持ってオークソルジャーにさらに肉薄する。
今度は直接斬ろうとオークソルジャーが大斧を高く振り上げたときには、リーナはもう敵の懐に入っていた。
意思のないゲームキャラであるはずのオークソルジャーの目が驚愕に大きく見開かれる。
鎧の弱点は五箇所、左の肩口、右の脇腹、左の太もも、右の膝、そして鳩尾、そこだけがまだゲームらしく赤々と光っていた。
「食らえ、ヴァニッシュ!!」
今度は右手のゲームの刀を連続して弱点に突き立てた。
鎧全体にパッと細かい亀裂が入り、パァーンという派手な音がして砕け散った。
「そいやっ!」
素早く身を翻しつつ、まだ斧を掲げたままの籠手のなくなった両腕を左手の風の魔剣でついでに薙ぎ払う。
何かを斬った確かな手応えがあり、両腕の映像はなにも変わらなかったが動きが止まった。
「紅鶴飛翔脚っ!!」
そのタイミングで鶴が跳躍している。あっちも別人のようなキレのある動きでブレードに変えた右脚を鋭く突き出した。
鶴というより獲物を狙う鷹を思わせるその跳び蹴りは、すれ違いざまの一瞬にオークソルジャーの鳩尾、心臓、そして脳天を貫いた。
「グガアアアアアアアア!!」
苦悶の咆哮と共にオークソルジャーの体から邪気がぶわっと飛び出し、散り散りになって消えていった。よし倒した。
と思ったのだが、
「あれ?」
オークソルジャーがまだ動いている。しかもさっき斬ったはずの腕で斧をまたブンブン振り回している。なんでだ?
ギャラリーが「とどめ!」「とどめ!」と叫んでいる。
「あ、そうか」
「ゲームの敵をまだ倒していませんね」
二人同時にそれに気付いた。
なんとなく顔を見合わせて笑ってしまう。
「では、とどめはご一緒に」
「うんいくぞ、せーの」
息を合わせ、リーナは右から、鶴は左から、オークソルジャーの身体を同時に深く突き刺した。もちろんゲームの武器で。
「ぐがあああああああああ!」
さっきと似たような、だがもうただの音でしかない断末魔の声を発して、オークソルジャーはようやく倒れて消えた。
『GAME CLEAR』
二人の前にはそう映し出されていた。
直後、すごい歓声が二人を包み込んだ。ギャラリーは大興奮だ。「ポニテちゃん!」「メイドちゃん!」などという声も聞こえる。
あまりこういう経験はないのでどんな顔をすればいいか困る。無視するのも悪い気がしたので、なんとなく手を振ったら、歓声は一層大きくなった。
「大騒ぎだな」
「こんなことをするつもりはなかったのですが」
足を元に戻した鶴も困ったような顔をしていたが、ここでずっと声援を浴びているわけにもいかないので、二人ともプレイエリアから出ることにする。
「あ、あのっ、ちょ、ちょっとすいません! ま、待ってください!!」
ブースの後ろの方から眼鏡をかけた男がどたばたと現れた。ゲームのロゴの入ったシャツを着ている。関係者のようだ。やけに慌てている。あ、転んだ。すぐさま立ち上がり、ずれた眼鏡もそのままに二人に話しかけてきた。
「わ、私はこれを開発したシモンズと言います。今、お二人はなにをしたんですか? オークソルジャーがあんな挙動をするなんてありえない。絶対にありえない。それにあなたのさっきのあの技! サ、サマーストームですか? 一体なにをどうやったんです? この場でプログラムに介入したんですか? そんなことが可能なんですか? もしかして著名なプログラマーの方ですか?」
マシンガンのように畳み掛けてくる。圧がすごい。
「あ、ええと、いや私は……」
なんて答えたらいいだろう。
ノマドの魔界騎士という正体は明かせない。面倒くさいから逃げてしまおうか。
「お嬢様はかの天才プログラマー、リーザン・イレベッグのお孫様です」
「え?」
突然、鶴がよく分からないことを言い出した。だが男はすごい反応を示す。
「あの! あのリーザンの! お孫さんがいたんですか! それであんなすごいことを!」
どんどん声が大きくなっていく男を鶴はやんわりと手で制して、
「申し訳ありませんが内密に願います。お嬢様がこちらに参ったのは極秘ですので。お嬢様、いきなり人のゲームに介入するのは無礼にございます。お控えくださいませ」
「あ、うん、分かった。すまなかったな」
まるで分からないが、そう合わせておく。
「と、とんでもありません! 参考になりました。必ずアップデートに取り入れます。ありがとうございました!」
「う、うん、頑張ってくれ」
「失礼いたします」
すごい勢いで頭をさげている男を背に、まだどよめいているギャラリーの注目を浴びながら、二人は対魔忍ゲームのブースを離れていった。
「リーザンなんとかって誰だ?」
小声で聞くリーナに鶴もひそひそ声で返してくる。
「私もよくは知らないのですが、この界隈では有名な方のようです。勝手に申し訳ありません」
「いや、困ってたから助かった」
思いもかけず注目を浴びてしまった二人だったが、それも人の多さと賑わいですぐに紛れてしまう。
ゲームショウはあいかわらず盛り上がっている。
「これからどうするかな」
「こうやって探していても埒があきませんね」
当てもなく歩きながら二人でちょっと途方に暮れていると、リーナを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ! リーナさん! リーナさん! ドロレスさんが探してましたよ。リーナさーん!」
かつて魔界の小さな傭兵団で共に時を過ごした友人のリリスがチアガール姿でポンポンを振っている。使い魔のベリリクも一緒だ。
「なんだ来てたのか。今日はここで修行してるんだな。あれはひょっとして犬のゲームか。うーん、犬かあ」
「お知り合いの方ですか?」
「古い友達だ。ドロレスと会っていたみたいだ」
「そのようですね。良かったですわ。では私はここで失礼させていただきます。ご主人様を探さねばなりませんので」
「そうか、ありがとう。なんか変なことになってしまったが、一緒に戦えて楽しかったぞ」
リーナはごく自然に右手を差し出した。
「私も思いもかけず楽しい時を過ごさせて頂きました。ありがとうございます」
鶴は朗らかに微笑んで手袋を外した。
握ったその手はアンドロイドアームの硬い手だったが、握手を受けたその仕草は最初に声をかけてくれた時と同じで、優しい気遣いに溢れていた。
その後、『スーパーアクション対魔忍7DX』は様々な改良を施された後、大型ゲームセンターやアミューズメントパークに置かれるようになった。
ゲーム中、特定の条件を満たすと色々なヘルプキャラが現れるのだが、なかでもポニーテールの魔法剣士とカンフー使いのメイドのアクションの出来が際立っていて、ゲーマーたちの人気を博したという。
【制作後記】
『ニートにメイド』は引きこもり魔族のドロレスと、押しかけメイドの出雲鶴にスポットが当たることになったイベントだ。
本作は、イベントでは出番の少なかったリーナがドロレスとはぐれている間に、やはりふうま君とはぐれている出雲鶴と出会っていたらという非公式のお話だ。
二人ともゲームのことをよく知らないので、せっかくだから一緒にゲームを楽しんでもらうことにした。
そのゲームの元ネタはもちろん『アクション対魔忍』だが、ゲームセンターで宇宙戦争のパイロットを探していた懐かしのSF映画『スター・ファイター』のように、 こんなのを使って対魔忍候補を探していたりすると面白い。
ハイスコアを出したあなたの所にある日突然、Y-kazeXちゃんが訪ねてくるのだ。
「キミ、対魔忍の素質あるかもよ?」
ゆめゆめついていってはいけない。
男なら十中八九モブ死だし、女ならアヘ顔一直線だ。
【追記】
リーナ作画担当の旭さんがイラストを描いてくれました。
ふにゃふにゃのリーナとクールな鶴。いいですね-。
騎士、バズる https://t.co/490Sidbxn6 pic.twitter.com/fzrnaNOCKP
— 旭@WEB漫画始めました (@ASAHIFM) March 15, 2021
他にも、この話をアップする以前に『ニートにメイド』の裏であったであろう、リーナとリリスの対面の絵を描かれていたので、これ幸いとラストで場面を合わせています。二人とも本当に表情が豊かで可愛い。ありがとうございます。
唐突なINUがリーナを襲う…! pic.twitter.com/xsjGezYszw
— 旭@WEB漫画始めました (@ASAHIFM) February 28, 2021