対魔忍RPGショートストーリー『アスカの初デート』


 アンドロイドアーム&レッグは日常用で人工皮膚の質感と感度が一番いい物を。もちろんメンテナンスしたばかりで動作は完璧。
 下着はそんなこと全然気にする必要はないけど、万が一ってこともなくはないと思うし、やっぱり一番のお気に入りのにしとこうかな。その方が気分が乗るし。
 ストッキングの色はブラウン。端っこをアンドロイドレッグの付け根にピタッと合わせるのが個人的なこだわりだ。
 上は胸元をちょっと強調したベージュのサマーセーターに、下はチェックのスカートで、セクシーかつトラッドな感じに合わせて、うん、すごくいい感じ。
 さてと、メイクはどうしようかな。
 久しぶりにプライベートで会うから、自分的には思いっきり張り切りたいけど、それで引かれちゃったら逆効果だし、少し抑えた方がいいかな。うん、誰が見ても魅力的に見えるくらいの"きれいめ"な感じにしとこう。
 まずはファンデーションで肌を整えて、アイシャドウは程よく盛りたいけど、派手すぎないように薄めのベージュ系でグラデーションをつける感じに。
 アイライナーで目元をくっきりさせて、目が合ったときドキッとするようにマスカラでまつ毛を丁寧にカールして盛り上げる。うんうん、いい感じ。
 チークは自然な血色感が欲しいわよね。さっとふんわりピンクを頬にのせる感じにして……これくらいかな?
 それから唇。もちろんいつもより注目して欲しいから、ルージュはちょっとだけ大胆に、それでいてぷるんと自然なツヤ唇になるくらいにして決める。
 よしできた。ばっちりコーラルメイク。
 アクセサリーはお気に入りのビーズのペンダントを今日の気分に合わせて組み合わせれば――ほらね、私史上一番……は言い過ぎか、でも余裕で五番目に入るくらいは素敵になった。こんなもんよね。
 今日は甲河アスカにとって大切な日。ふうま小太郎と初めてのデート。
 ちょっと前に東京キングダムのオークションの任務で一緒になって、その時に思い切って、それこそ清水の舞台から飛び降りるくらいのつもりで、ものすごく思い切って誘ってみたら、なんかあっさりOKされた。
 その任務ではふうまに迷惑かけちゃって、ちょっと落ち込んだりもしたけれど私は元気ですって感じでデートは約束通り行うことになった。迷惑かけたお詫びに全部アスカの奢りで。
 二人で何するか色々考えたけど、お互い対魔忍として切った張ったの殺伐とした日常を送ってるから、もっと落ち着いたデートの方がいいかなって、オーソドックスに映画を観に行くことにした。実は二人ともわりとインドア系だしね。
 デートの場所は新宿。これも定番すぎて笑っちゃうけど、ふうまの住んでる五車町はほんとにもう田舎なので、交通の便を考えたらあまり気をてらわない方がいい。
 待ち合わせは紀伊国屋書店にした。みらいおん像とかアルタ前とかに比べたら少し駅から離れてて、そこまで行くならもう映画館で待ち合わせたっていいけど、ふうまはどうせ寄るだろうし、本屋で待ち合わせの何がいいって店内では鬱陶しいナンパ男があまり寄ってこないこと。それすごく大事。
 アスカは約束の時間よりちょっと早めに本屋に着いて、六階の児童書のコーナーをぶらぶらしていた。特に何かを探しているわけでもなかったのだが、ふと手にした『せかいいちのねこ』という絵本の絵が妙にキモ可愛くて、どうしても気になって買ってしまった。
 そろそろ待ち合わせの時間。ふうまのスマホにメッセージを送ると、もう本屋に来てるとの返事が来た。
 アスカが一階に降りて行くと、ふうまがちょうど店から出てきた。
 紀伊国屋書店のロゴの入った袋を手に下げている。何か買ったらしい。ふうまが本屋に来て、そのまま帰るわけがない。
「よう」
 ふうまはアスカとの初めてのデートという緊張感などまるでないのか、いつもと同じ調子で手を挙げた。
「すぐ会えて良かった。なんか買ったの?」
「文庫本一冊だけな」
「なんて本?」
「分からん」
「分からんってなによ?」
 首を傾げるアスカにふうまは答えた。
「二階で面白いフェアをやってる。本のタイトルも作者も隠して、最初のフレーズを印刷したカバーが本にかかってるんだ。そのフレーズだけをヒントに買うんだ」
「あ、なんかそれ面白そう」
「だろ?」
「で、どんなの買ったの?」
「これだ」
 ふうまは得意げな顔をして、袋から謎の本を取り出した。その紙カバーにはやたら大きなフォントで『腹上死であった、と記載されている。』と印刷されていた。
「なんなのよそれは!?」
「だから『腹上死であった、と記載されている。』だよ」
「そんなのデートの前に買う? ほんとバカなんだから。そんなことより、今日の私を見てなにか言うことないわけ?」
 アスカは腰に手を当てて、デートのためにばっちり決めた自分を見せつけた。
「なんかキラキラしてるな。いつも対魔忍スーツだからそういう格好は新鮮だ。似合ってるぞ」
「当然」
 アスカはふふんと軽く笑ったが、内心は「やったあ!」と竜巻の一つも起こしたくなるほどハッピーな気分になった。
 それで改めてふうまを見ると、向こうもいつもよりは気を遣ったのか、赤のシャツに紺のチノパン、薄いブルーのジャケットの袖を捲っているというスタイルだ。
 特にパッとするコーデじゃないけど、アスカの隣にいても恥ずかしくはない格好だ。ふうまにしては上出来。
 大体、背が高いし、身体も鍛えられてるから、そんな服でもそこらにいる男たちよりはずっと目立つ。
 まあ、元の人相があまり良くない上に、いつも片目を閉じてるから、少しアウトローな雰囲気が漂っているけど、それは今に始まったことじゃない。
「そっちもわりと決まってるわよ」
「そりゃどうも」
 お世辞かなり多めで褒めてあげると、ふうまは満更でもなさそうな顔をした。
「でもその格好、どっかで見た気がするのよね……」
 なんだか全然違う記憶を刺激されてる気がして、ふうまを上から下までまじまじと見ていたアスカは、それが何か分かって吹き出した。
「シ、シティーハンター……」
「コスプレじゃないぞ。たまたまだ」
 ふうまも気づいていたらしく嫌そうに言う。
「そんなの分かってるわよ。いくらふうまでも初めてのデートでコスプレはしないでしょ。あはははははは」
 あまりに予想外で、しかも場所が新宿だけに、アスカはお腹を抱えて笑い出した。
 ふうまはやれやれという顔をしていたが、いきなり神谷明みたいな声で、
「XYZか。危険なイニシャルだな」
「ちょっとやめて」
「俺の武器はコルト・パイソン357マグナム。打ち抜けないのは美女のハートだけさ」
 などどジャケットをまくるとそこに隠してあるのは、
「ク、クナイって……ぷぷぷぷ」
 コルト・パイソンがあるわけないのだが、ツボに入ってしまって、もう笑いが止まらなくなる。
「槇村あああーー!」
「やめてってば、ほんとやめて、くくくくく」
「屁のつっぱりはいらんですよ」
「言葉の意味はよく分からんがって、それはキン肉マン!」
 笑いながら思い切り突っ込み、それでまた笑ってしまう。
「おお、さすが」
「当たり前でしょ。やめておねがい。なんか変なとこに来てる。ダメ。苦しい。息ができない……」
 そこでふうまが黙ってくれたので、アスカの笑いもようやく収まる。
「あーーおかしい。ほんとにもう勘弁してよね。いきなり笑い殺されるかと思ったわよ」
 どっかに100tハンマーでも落ちてないかと思いつつ口を尖らせる。
「そろそろ時間だ。行くぞ、香」
「誰が香よ。あのその微妙に似てる声やめて」
 アスカは颯爽と歩き出した獠、ではなくてふうまの腕を掴んだ。そしたらこの馬鹿は、
「チャンチャンチャン♪ チャン、チャンチャンチャンチャン♪」
 アニメのエンディング曲のイントロを口ずさみ始めた。
「ちょっとやめて……!」
 今、引いたばかりの笑いの波がまた膨れ上がり、アスカは頬のあたりをひくひくさせて、掴んだ腕に力を込めた。
 もちろん悪ノリ男がやめるはずもなく、アスカをぷるぷるさせたまま、イントロをしっかりやってから、あのベースのカッコいいメロディを始めたあたりで――ピタッと身体の動きを止めた。もちろんアスカもそうした。
 次の瞬間、今度は二人で吹き出す。
「なにいきなり止まってるのよ!」
「そっちこそなんで止まってるんだ!?」
「だってここは止まるでしょ? そういうもんでしょ?」
「止まって引きな」
「そうそうそうそう!」
 アスカは笑いながらふうまの大きな肩のあたりをバシバシ叩いた。周りが変な目で見ていたがもうダメだった。
 そうやってしばらく二人でバカ笑いしてから、歌舞伎町にある映画館、TOHOシネマズに向かったのだった。
「なんかこのまま終わりそうな感じだな」
「終わってどうするのよ。まだ始まったばかりでしょ」
「そうでしたそうでした」
 TOHOシネマズ名物のビルから顔を出すゴジラがようやく見えてきた。

「あーー面白かった。やっぱりファーストは最高よね。しかも64Kデジタルリマスター版、画面すっごい綺麗だったね」
「音も良かったな。俺、スクリーンで見たの久しぶりだよ」
「私もすごい久しぶり。逆シャアとかどっかでやらないかな。そしたら絶対行くのに」
「あれ大画面で見たいな」
「ねーー」
 今、見てきた映画は『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』。今だに続いているシリーズの元祖となる作品だ。今度、64Kデジタルリマスター版が発売されるので、2週間の特別上映をやることになって、今日はその初日だ。
 手足のメンテナンスなどでシートに座ったまま何時間も動けないことが多いアスカは暇つぶしにアニメをよく見ている。
 スマホでふうまの着信音をサイボーグ009の主題歌にしてたりする。別に自分が003で、ふうまが009とかそういうことは思っていない。キャラ的にはふうまの方が003だし、アスカは004推しだ。
 それはさておき、「初めてのデートで映画はいいとして、ガンダムってどうなの?」とアスカもちょっと思ったが、どうせ一人でも行くのだし、試しに聞いてみたらOKだった。ふうまも行きたかったらしい。
 たまにアンジェを誘ってアニメを見に行くことはあるが、彼女は付き合いがいいだけで、特にアニメ好きってわけじゃないので、見た後であんまりディープな話はできない。その点、ふうまなら話し相手として申し分ない。ガンダムにして良かった。
 映画館のある三階から降りてきて、歌舞伎町の通りに出る。
 この辺は昔からガラが良くないとされているが、なにヨミハラとかに比べたら全然普通だ。今日は天気もすごく良くて、デートにはぴったりだった。
「とりあえず、どこかでお茶するだろ?」
「うん。どこに連れてってくれるの?」
 初デートの段取りの御手並み拝見という気持ちで腕を組むと、ふうまはもう片方の腕ですぐ上を指差す。
「どこって言うか、この上のカフェとかどうだ? ゴジラの顔の横にあるカフェ。行ったことあるか? 俺はない」
「私もない。あるのは知ってたけど。なんか特別なものあるの?」
ゴジラをモチーフにしたデザートとかアフタヌーンティーとかあるみたいだ。こんなの」
 ちゃんと下調べしてきたらしく、ふうまはスマホでその写真を見せてくれた。うん、悪くない。今の気分にも合っている。
「じゃ、そこにしよ」
 アスカたちは今、映画館から出てきたばかりの新宿東宝ビルをまた登って行った。
 ゴジラの顔の横にあるカフェ、ボンジュールは八階、ホテル『グレイスリー新宿』のロビーにあった。
「おお、ゴジラいるな」
「いるね。結構大きい」
「でかいな」
 運良く窓際が空いていたので、そこの席に案内してもらう。建物の中から見えるのはゴジラの後頭部くらいだが、テラスに出ればもっと前まで回って、開いた口の中とかもちゃんと見えるらしい。後で行こう。それと一時間に一回、時報がわりに吠える。
 ゴジラのチョコがついたケーキとアイスのセットとかも気になったが、やっぱりここは、
「二人ともアフタヌーンティーでいい?」
「こんなに食べられるか? 結構量あるぞ」
「余裕余裕。アフタヌーンティーって時間かけてゆっくり楽しむものだし」
「ならいいが、女子はこういうの好きだよな」
「大好き」
 と言うわけで、二人ともアフタヌーンティーを頼む。飲み物はおかわり自由で色々変えられるので、アスカはまずダージリンにする。ふうまはアメリカンにしていた。
 今日のリバイバル上映で売っていた初公開当時のプログラム復刻版を見ながら、二人でまたガンダム話をしていると、アフタヌーンティーセットが運ばれてきた。
 定番の三段ラックで、一番上がスコーンとかマドレーヌの焼き菓子、真ん中がゼリーとか季節のデザート、一番下がサンドイッチとかの軽食、アスカの好きなフルーツサンドもある。
「わあ、すごい」
 見た目の華やかさに声が出た。
「おお、豪華だなあ」
 などと言いつつ、ふうまはいきなり手を伸ばそうとする。
「待って待って。せっかくだから写真撮らせてよ」
「そうだな。俺も撮っとくか」
 二人揃ってスマホでカシャカシャやりながら、アスカはこっそり「写真を撮ってるふうま」の写真も撮った。ま、記念にね。
「じゃあ食べよっか。どれからにしようかな」
 ちょっと迷ったけど、やっぱりフルーツサンドから口をつける。うん、果物と生クリームのバランスが良くてすごく美味しい。ふうまは小さめのハンバーガーを最初に選んでいた。普通に食事って感じね。
 とか思ってると、「グアアアアアアアアア!!」ってゴジラが外で吠え始めた。ちょうと三時だ。
「わ、びっくりした」
「ここで聞くと結構、声大きいんだな」
「だね」
 店にいた他の人たちもなんとなくゴジラに顔を向ける。そりゃ見るわよね。気にしてないのは店員くらいだ。
「しかし、アフタヌーンティーって気分ではなくなってきたな。テーマ曲鳴ってるし」
「まあね」
 確かにゴジラが街を破壊するときとかの曲が流れてるし、目や口がビカビカ光ったりしている。いきなり雰囲気を台無しにされて、さすが大怪獣ゴジラだと二人して笑った。
 それからまたアニメの話や、最近のお互いの任務の話や、映画の前に買った本の話なんかを、アフタヌーンティーを楽しみながらあれやこれやお喋りする。
 これで二人きりで会うのも初めてとかだったら、アスカはともかく、ふうまは緊張してろくに話せなかったかもしれないけど、デートしたことがないだけで、もっと緊迫した、文字通り命がけの時間を何度も一緒に過ごしてるから、互いにリラックスして話せるのが嬉しい。
 ふうまにとってそういう子がアスカ一人じゃない――というより結構いるのがちょっと気になるけど、とりあえず考えないことにする。今は独り占めしてるんだしね。
 そんなこんなで、デート気分を満喫していたアスカだったが、ふとそばいた別のカップルが「あーん」と仲良くケーキを食べさせあってるのを見てしまった。そういえばあれやってない。
「あ……」
「どうした?」
「ううん、この残ってるマカロン、私食べちゃっていい?」
「いいよ」
「ありがと」
 マカロンを口に入れながら考える。
 二人で同じ物を頼んだんだからあーんなんてあり得ない。失敗した。違う物を頼んでシェアすればよかった。
 今、見なかったら気づかなかったかもしれないが、気付いてしまったので、どうしてもやりたくなった。だって初めてのデートだし。
「すいません、このイチゴのアイスクリームひとつお願いします」
「まだ食べるのか?」
「まだって言うかほら、いっぱい食べたから、最後に冷たいアイスでお腹を整えようかなって。ふうまはいる?」
 アイスはイチゴの他にもある。
「いる」と言ったら違うのを頼んでもらう。
「俺はいいよ」
 なら、まずふうまに「一口あげる」って感じで、アスカからあーんしてあげて、その流れでふうまからもやってもらう。それは自然だ。うん、そうしよう。
 追加のイチゴのアイスはすぐに届いた。もちろん普通に美味しい。
「ふうま、一口あげる」
「別にいいよ」
「いいから。はい、あーん」
 強引にスプーンを差し出すと、ふうまは素直に食べた。ここまでは予定通り。さあ来い。
 しかし鈍感男は気づかない。なんで? 普通「じゃあ俺も」とか言うでしょ? 言わない??
「どうした?」
「別に……」
 ふうまは怪訝そうにしていたが、アスカの不満そうな顔を見て、今日は奇跡的に勘が働いたらしく、
「俺もやろうか?」
「やろうかってなにを?」
「だからそのあーんってやつ」
「別にそんなことしてくれなくてもいいけど、やりたいって言うならやらせてあげる。デートだし」
 内心で「やったー」と万歳しつつ、それをあからさまに出すのは恥ずかしかったので、アスカはいかにも素っ気なくスプーンを渡した。
 そんな照れ隠しも珍しく伝わっていたみたいで、ふうまはちょっと笑って、でも余計なことは何も言わずに、ちゃんとあーんしてくれたのだった。
「この後どうする?  予定とかなかったら、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
「いいよ。なんか目当てでもあるのか?」
「うん。ちょっとこれを見ようかなって」
 アスカは今日はペンダントにしているビーズに触れた。

「ビーズって言うからハンドメイドの店かなんかだと思ってたけど違うんだな」
「まあね」
 アスカが連れて行ったのは高島屋にあるトロールビーズ
 デンマークのブランドで、天然石やガラスを使ったビーズ、それにゴールドやシルバーのチャームなんかを組み合わせて、自分の好みのジュエリーを作ることができる。
 アイテムは高いのから安いのまで豊富で、組み合わせは千差万別。まず絶対に他人とは被らないから、自分だけのオリジナルジュエリーを楽しめるし、もし同じアイテムを使ったとしても、ビーズなんかは見た目や仕上がりが最初から違ってるから、同じジュエリーには絶対ならない。そこが素敵。
「なるほど。同じビーズとかでもネックレスにしたりブレスレットにしたり形を変えて楽しめるわけだな」
「そうそうそう。値段もそんなに大したことないから、好きで色々集めてるのよ。で、今日はこれ、ペンダント」
 アスカはふうまの方に体を向けて、今日の組み合わせを見てもらった。
 シルバーのチェーンに、上からピンク、ブルーのガラスビーズを並べて、パワーフラワーのシルバービーズを挟んで、最後はホワイトパールのラウンドドロップスでシンプルにまとめてみた。
 その組み合わせの理由はちゃんとあって、ガラスビーズの色はアスカとふうまの対魔忍スーツのカラーから、シルバービーズは戦いを通じて育んだ二人の関係のイメージ、そしてホワイトパールはアスカのピュアな気持ち―――なんだけど、そうやって言葉にすると顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
「ふうん」
 ふうまはごく自然にそのペンダントを覗き込む。つまりはアスカの胸元だ。もちろん秘められた意味には気づいてない。なのですかさず言ってやった。
「なーにじっと見てるのよ、エッチ」
「自分で見せといてそれ言うか」
  ふうまは心外そうに、だが笑いながら目を逸らした。
「あはは、ごめん」
 アスカは首をすくめて謝った。
  それからショーケースに並んだビーズを色々と見ていく。
 ちょっと気になるのがあったら、店員さんに出してもらって、今日付けてきたアイテムと合わせたらどうなるか試してみる。
 パッと見て「あ、いいな」と思っても、試してみたらいまいちとか珍しくない。そこが難しいし、楽しい。
 ふうまはアスカの横にくっついて、ビーズを一緒に覗き込んだりしているが、なんとなく手持ち無沙汰な顔をしている。そりゃそうよね。さすがに守備範囲外だろうし。
 でも、せっかく二人で来たんだし、初めてのデートなんだから、ちょっと手伝ってもらうことにした。
「ねえねえ、これとこれとこれのどれか一つ買おうと思うんだけど、どれがいいかな?」
「どれがってビーズの良し悪しなんて俺は全然分からないぞ」
 予想した通りの答えが返ってくる。アスカは笑いながら
「そんなの分かってるわよ。私的にはどれも同じくらいいいなって感じなの。だから最後はふうまに決めてもらおうかなって。せっかく二人で来たんだし。ね、お願い」
「いきなりそんなこと言われてもな……」
 ふうまは困ったような顔をしつつも、アスカが並べた三つの候補を見下ろした。 
 ホワイトムーンストーンのラウンドビーズに、ハートに音符マークを組み合わせたラブソングってシルバービーズ、それからグリーン、ターコイズ、イエローの花柄が中に咲いてるフェアリーテールってガラスビーズ。
「う~~~~~~~~~ん」
 ふうまは腕組みして眉間にものすごい皺を寄せている。任務の時だってこんなに悩まないって顔。
「そんな唸らなくてもいいって。どれも気に入ってるって言ったでしょ? 思い切ってパッと選んじゃってよ」
 アスカにとってはふうまに決めてもらうことに意味がある。だって初めてのデートの記念なんだから。
 ふうまはひとしきり唸ってから、「ダメだ、お手上げだ」という顔になって、
「俺が三つともプレゼントするってのはどうだ? まだバレンタインのお返しを決めてなかったからな。これを贈るってことで。サプライズプレゼントにはならないけどな」
「それものすごいサプライズなんだけど、え? いいの? ほんとに? 無理してない? ここに連れてきたけど私、ふうまに買って欲しいとかそんなつもり全然ないからね」
 あんまり予想外すぎて、嬉しいと思うより戸惑ってしまう。
「三つとも気に入ってるんだろ? さっき同じ物は二つとないって言ってたじゃないか。ここで逃したら二度と手に入らないってことだ。じゃあどれか一つとかじゃなくて全部いこう。今日は映画もお茶も奢ってもらってるし、流石にちょっと悪い気がしてたしな」
「それはこないだのお詫びだし、これ三つ買ったら普通に今日私が出した額をオーバーしてるんだけど。大丈夫? 後で私のせいで本もゲームも買えなくなったとか言わない?」
「言わないって。アスカがいらないなら俺が自分でつけようかな。うん、そうしよう。すいません、男がつけてもおかしくないブレスレットとかありませんか?」
 などといきなり店員さんに尋ね出す。
「ちょっと、なんでそうなるのよ」
 もちろんそれは遠慮しているアスカの背中を押すための下手なお芝居だ。そんな風に気を遣わせないようにしてれるふうまの気持ちがうれしくてうれしくて、アスカはなんか色々蕩けそうになりながら答えた。
「……うん、じゃあ、これ全部プレゼントしてもらうね。ありがとう。ほんとにありがとう。すっごいうれしい」
 ふうまとデートをする時は絶対にこれを使うことにしよう。アスカはそう誓った。
 そしてもちろん、プレゼントしてもらったばかりのそれを、さっきまでしていたペンダントのビーズと入れ替えて、幸せいっぱいでお店を後にしたのだった。

 夕方の新宿を腕を組んで歩く。
 新しい一番のお気に入りが胸元に揺れている。今のアスカの想いみたいにキラキラ輝いてる。
 ついつい頬が緩んでしまう。いつもならこんな気持ちのはっきりした顔を見られたら恥ずかしいって思うのに、今日は違う。
 私、ふうまのおかげでこんなにうれしいの、もっともっと見てって言いたくなっちゃう。流石にそこまで口には出さないけど。
「ふうま、これからどうしよっか? さっきあんなに食べたし、夕ご飯はだいぶ後でもいいわよね。もう一本くらい映画見る?」
「それもいいな。なんか見たいのあったか?」
「見たいのっていうか、新宿武蔵野館あたりで全然知らないのを当てずっぽうで見るとかどう?」
「それは冒険だな。つまんなくても知らないぞ」
「そん時はそん時。後で愚痴でも言い合いましょ。じゃあそうしよっか。今、何やってるのかな」
 とスマホを取り出したところで、今一番聞きたくない相手からの着信音が鳴り出した。
「えーー! うそーー!」
「マダムからか?」
「そう。今日は絶対かけないでって言ったのに。ちょっとごめん。はい、もしもし! アスカだけど!」
「あら、ものすごい不機嫌な声。ひょっとして上手くいかなかった?」
「すごく上手くいってるからこんな声出してるの! なんの用!?」
 と尋ねるまでもない。こんな時にかかってくる電話だ。緊急出動の連絡に決まってる。
 案の定、DSOの部隊がピンチに陥ってるから助けて欲しいという話だった。全力で断りたかったけど、それができたら苦労はない。マダムに思いっきり文句を言ってから電話を切った。
「出動か?」
「ふうまごめん! ほんっとごめん!」
「どこだ?」
「東京キングダム。アイランドタワーヘリポートに迎えをよこすって」
「仕方ない、行くぞ」
 ふうまはそう言って、アイランドタワーに向かって走り出した。追いかけながら尋ねる。
「え? 一緒に来てくれるの?」
「またデートの途中だからな。ちょっと場所が変更になっただけだ。だろ?」
 ふうまはさらりと言った。今は二人でいることが大事って感じの素敵な顔で。
「うんっ!」
 アスカは頷いた。もちろんとびっきりの笑顔で。
 そしたらふうまが例のエンディング曲を口ずさみ始めた。
「またそれ?」
「今の気分にはあってるだろ? 束の間の平穏は終わり、戦いはこれからだ的な」
「的なっていうか、実際そうなんだけど、なんかその言い方すると打ち切りみたいね」
「まったくだ」
 ふうまは笑って今度は止まらずに歌い始めた。
 仕方ないのでアスカも一緒に歌う。
 “GET WILD”じゃなくて、“GET LOVE”の方が良かったんだけどなとちょっぴり思いながら、アスカはふうまと二人で夜の新宿を駆け抜けていった。


【制作後記】
イベント「特異点の夜会」でついにアスカがデートの約束を取り付けたので、今回はそのデートの話を書いてみた。
本編でやるとしたら、デート中になにかトラブルが起こって云々という展開になると思われるので、非公式のこちらでは最後にちょっと邪魔が入ったが、アスカがひたすらデートを楽しむだけになっている。そういうのがやりたかったのだ。
そして『舞とふうまと本屋の街』の時と同じく、作中に書かれている店とかは全て実在している―――といきたかったのだが、新宿高島屋トロールビーズはすでになくなったようだ。知らなかった。
アスカも本編に比べてラブ度が高すぎるような気がするが、勢いで書いたIF話なのであまり気にせず楽しんでもらいたい。